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金革(キム・ヒョク)=著
金善和(キム・ソンファ)=訳

この論文は、韓国版『自由を盗んだ少年』に第二部として収録されている、西江(ソガン)大学公共政策学科の修士論文として書いたものを、日本の一般読者向けに編集したものです。日本版書籍では未収録となったこの論文を、当ページでWeb公開いたします。

第1章 なぜコッチェビなのか

『自由を盗んだ少年 北朝鮮 悪童日記』
著=金革(キム・ヒョク)/訳=金善和(キム・ソンファ)/2017年9月9日刊行

■北朝鮮の統制システムとコッチェビ
 北朝鮮は閉鎖的な社会であり、党官僚から労働者に至るまで、二重、三重の強力な統制のもとに置かれている社会として知られている。北朝鮮当局は、大きく3つの方法で住民を統制する。
 徹底した配給制度のもと物質で人を統制する物質統制、「唯一指導体制」の正当性を浸透させる理念統制、そして警察の徹底した監視と処罰を通じて住民を統制する警察統制だ。これは北朝鮮社会のすべての住民に例外なく適用される。
 北朝鮮では、物質統制として、計画経済で生産された商品を生活に最低限必要な量だけ支給する配給制を実施している。非公式な経済活動には法的制限があり、住民は公的な生産活動に参加しなければ生活を維持できない。
 さらに、公的な生産活動の現場では、住民は必ずさまざまな社会団体組織に加入させられ、組織での生活をチェックされることで理念統制を受ける。組織を介して、常に「唯一指導体制」の理念的正当性についての教育を受けるのだ。組織には、人民学校2年生で加入する少年団の組織から、60歳の定年退職まで参加する政党[=労働党]と社会団体[少年団、社会労働青年団、女性連盟、職業連盟、農業勤労連盟など]がある。
 また、警察統制は、非社会主義的な行為への法的統制であり、物質的統制と理念的統制から離脱する行為を犯罪行為とみなし、警告し処罰する。この警察統制によって、移動、結社、表現などの住民の自由は奪われている。
 しかし、これらの強力な統制システムから免れている人々がいる。彼らは日本による植民地支配の解放後から存在しており、1960年代に活動がしばらく下火になったが、1980年代には、社会にふたたび登場し始めた。国家による統制と処罰が強化されても彼らは社会の中で、増え続け1990年代に入って、さらに激増した彼らは「コッチェビ」と呼ばれている。
 コッチェビが北朝鮮の体制にとって脅威的な存在となる最大の理由は、彼らが配給に依存しなくても、自分で生きていくことができる点にある。彼らは、北朝鮮の統制に深い疑念を抱いており、閉鎖社会において最大の抵抗勢力であると同時に、体制を不安定にさせる存在なのである。
 本研究では、北朝鮮当局が長い時間をかけて統制努力をしてきたにもかかわらず、依然として統制できていないコッチェビの起源とその種類、特徴について明らかにする。また、最近、点から集団へと組織化し増加しているコッチェビ現象と、彼らがこれからどのように変わっていくかを予想してみようと思う。

■コッチェビに関するこれまでの研究
 1990年代に冷戦が終息し、ベールに包まれていた社会主義圏の研究が盛んになった。それに伴って、北朝鮮についての研究も増大した。韓国での北朝鮮研究においても、1950年代以降、政治、経済、文化など各方面にわたって幅広く研究され、北朝鮮を理解する学術基盤が築かれてきたが、冷戦以後は、北朝鮮社会の日常生活の研究も本格化し、北朝鮮をより深く理解できると注目を集めている。
 そうした研究の中で特に注目すべきは、北朝鮮で新たな階層が発生しているという点だ。これまで北朝鮮の階層は出身成分[北朝鮮独自の階級制度。上から「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の3つの階層がある]という政治的基準で存在したが、1990年代以降は、「市場」を介して富を蓄積した新しい階層が形成されている。これは最近の研究の一般的な理解である。
 コッチェビについて国内外の関心が高まったのは1997年頃からだ。しかし、研究が2012年現在もあまり進んでいないのは、他の分野と比べてアプローチが難しいからである。唯一存在する学位論文としては、中国の延辺(イェンビェン)朝鮮族自治州に滞在する北朝鮮コッチェビに関するキム・チャンベ氏[2006年、韓国中央大学修士論文]の研究だけである。この研究も中国に滞在するコッチェビを対象にしており、北朝鮮内部のコッチェビ研究ではない。北朝鮮内部のコッチェビに関しては、事実上皆無の状態である。学術誌にたまに登場するコッチェビの近況や簡単な紹介、ときどきマスコミや社会団体によって報じられるコッチェビの生活と証言資料から作られた単行本がすべてである。
 韓国内メディアに初めてコッチェビが紹介されたのは、1992年の毎日経済(メイルキョンジェ)新聞[6月20日9面]である。北朝鮮の体制に不満が高まるにつれて隠語が急増し、「コッチェビ」が新たな隠語として登場したと報じている。その後「コッチェビ」という言葉は韓国メディアには出てこないが、1995年京郷(キョンヒャン)新聞[10月23日6面]にコッチェビ実話小説「ピョンコ」が紹介される。ところが1997年になると、コッチェビに関する記事が急増する。たとえば、1997年5月のハンギョレ新聞では北朝鮮住民から届いた手紙を紹介しながら、コッチェビが蔓延して社会が不安定化していると書いた。
 コッチェビに関する研究がこれまでなかった最大の理由は、何よりも研究に必要な蓄積されたデータ、証言事例、専門資料が不足しているからだ。北朝鮮消息筋を介して流れてくる情報は手に入っても、コッチェビ経験のある脱北者を見つけるのが難しい。そしてなんとかコッチェビ経験者を探し当てても、彼らは証言することを避ける傾向が強い。コッチェビ生活をしながら、社会秩序に反する暴力的行為、反倫理的行為をしたという羞恥心や罪悪感を持っているからである。
 また用語が統一されていないことも障害となった。北朝鮮は公式に「コッチェビ」という用語自体を認めず、「不良青少年」「非社会主義的行為者」などの表現を使用するため、混乱が生じている。 

■本論におけるコッチェビ研究の方法
 コッチェビの歴史は1945年、日本による植民支配からの解放とともに始まる。つまり、コッチェビは北朝鮮成立以前から社会の内部に存在しており、1990年代に食糧危機が発生すると、さらに増加し、社会の表面に浮上し始めたのだ。
 脱北者の証言などから、コッチェビは1990年代初めに登場したと一般的に知られている。しかし、北朝鮮でもっとも権威のある長編小説である『不滅の歴史』シリーズに「コッチェビ」という言葉が登場している。このシリーズは金日成の生涯とその時代の出来事を小説化したもので、史実がかなり忠実に描かれている。シリーズ中の『閲兵広場』において、植民地解放直後、「コッチェビ」はソ連の人々が浮浪児を指して用いた言葉と解釈されており[チョン・ギジョン2001: pp.95-97]、コッチェビという用語が、既に解放直後から存在したことを示している。
 このように文献研究は不可欠なアプローチである。本論は、北朝鮮における最重要一次文献『金日成著作集』[1979-98]、『金正日著作集』[1992-2005]と、彼らの歩みを小説化した『不滅の歴史』『不滅の嚮導(きょうどう)』シリーズなどを最大限に活用した。
 『不滅の歴史』と『不滅の嚮導』は、それぞれ金日成と金正日の足跡をそれぞれ小説化しており、最高権力者を褒め称える部分を除けば、当時の社会像を垣間見ることができる。この両シリーズの中でもとくに、前述した2001年に出版されたチョン・ギジョンの『閲兵広場』[『不滅の歴史』シリーズ]、2002年に出版されたリ・シンヒョンの『江界(カンゲ)精神』[『不滅の嚮導』シリーズ]を参照する。『金日成著作集』と『金正日著作集』は、当時の情勢についての絶対権力者の主張と政策内容がそのまま収録されており、簡単に修正できないため、他の資料に比べて信頼性が高い。

 文献的なアプローチに加えて、コッチェビ出身の脱北者たちの証言も最大限に活用した。脱北証言者たちのインタビューは、実際にコッチェビの経験をした人と、コッチェビについて知っている人を対象におこなった。彼らのインタビューのデータは、引用の便宜のために、脱北者AからGまでのアルファベットで表記した。

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