11本の同時連載を抱えた松本清張 読者の感想は隅々まで読み作品に反映

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住宅情報サイト「オウチーノ」が今年7月、首都圏および近畿圏のビジネスパーソンに「自宅から会社までの通勤時間は何分ですか?」と質問したところ、平均はおよそ45分という結果が出ました。車内では音楽を聞いたり、うたた寝をしたり、スマホを眺めたりと、みなおもいおもいに時間を過ごしていますが、その通勤時間を極上の時間に変えたのが松本清張です。

月刊誌『旅』に連載した『点と線』では、当時登場したばかりの寝台特急列車「あさかぜ」を取り入れ、サラリーマン読者の多い『週刊朝日』の『内海の輪』では元兄嫁との官能的な不倫旅行を描く。清張は掲載誌の特徴や読者層に応じて、巧みに小説を書き分けた作家でした。

そんなマーケティングの才が発揮されたのが、昭和30年代高度経済成長期の週刊誌ブームです。郊外から都心へ通勤するサラリーマンが急増し、サラリーマンが週刊誌を読み漁った時代。そこで清張は、ごく普通のサラリーマンを主人公に『週刊読売』で『眼の壁』を、『週刊朝日』で『黒い画集』を連載し、通勤ラッシュの男たちを“あるある”の恐怖に突き落としたのです。

自分と同じ立場の人間が殺人を犯す物語は、怖いもの見たさだったか教訓だったか。いずれにせよ読者ニーズに応える清張作品はヒットし、週刊誌も大売れ。多い時には11本の同時連載を抱えていたこともありました。また、昭和33年にミッチー・ブームが起き、女性の自由恋愛が注目された時期には、『週刊女性自身』に検事と人妻の禁断の恋を描いた『波の塔』、『婦人朝日』に『二階』など、今度は女心をおおいに揺さぶる作品で読者を獲得しています。

ここまで顧客ニーズを分析して書き分けられたのは、面白くなければ小説じゃない! というはっきりした信念ゆえだと思われますが、清張は読者の感想を隅々まで読み、反応によって展開を変えることも多かったそう。その姿には、長年広告を作り続けた経験も垣間見えるのです。

◆ケトル VOL.27(2015年10月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。