教育ならなんでもござれ Eテレの歴史は挑戦の連続だった

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年末のこの時期、ゴールデンタイムのテレビ欄は特番ばかり。そんななか“平常運転”を続けるのがEテレです。Eテレ(教育テレビ)といえば、子供向けで、ちょっとおカタいイメージ。でもその番組づくりの歴史をひもといてみると、実は意外にもチャレンジで満ちていたのです。

1959年、人々に平等な教育の機会を与えたいと、1日2時間15分の放送から始まった教育テレビ。学校教育放送を中心に据えながら、奥さまたちの生活の悩みに科学で迫る「くらしの科学」や、テレビの扱い方から車の運転まで教える「技術講座」を放送しました。

1960年代は、エレキギター旋風が巻き起こる中で、あえてクラシックギターを学ぶ「ギター教室」や、現在も続く「趣味の園芸」がスタートし、大人の暮らしや趣味を応援。子ども番組も攻めています。1970年代には「できるかな」で、一切しゃべらないノッポさんが工作を繰り広げ、「中学生日記」では一般の中学生がドラマを演じたのです。

高度経済成長を経て、テレビの普及率が91.7%に達し、人々がテレビにマンネリを感じ始めても、教育テレビのチャレンジは終わりません。1980年代、まさかの高齢者限定の視聴者参加型番組「お達者くらぶ」でお年寄りのアツい支持を勝ち取り、一方では糸井重里をMCに起用した10代・20代向けのトーク番組「YOU」が大ヒット。

OPテーマを坂本龍一、タイトル画を大友克洋が手がけ、これまでのNHKにないポップな感覚に、「NHKが若者に迎合した」という批判も受けつつも、若者からは感想や企画の投書が殺到するほどの共感を呼びました。そして同じ頃、「きょうの料理」では菅原文太や水野晴郎が「男の料理」を教えていて……と、マンネリとはほど遠いチャレンジな出来事が、あちこちで起こっていました。

◆ケトル VOL.34(2016年12月14日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。