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伝説の男・矢追純一はなぜ謎に満ちた世界に足を踏み入れた?

『ケトルVOL.43』(ムー特集号、太田出版)
『ケトルVOL.43』(ムー特集号、太田出版)

まもなく創刊40周年を迎える雑誌『ムー』が好きなら当然、矢追純一という名前は知っているはず。『ムー』の1987年11月号から1992年12月号まで掲載されたエッセイ「矢追純一の『地球人』へのメッセージ」は、世界中に散りばめられた“謎”への見解を圧倒的な筆力で届ける人気連載として熱烈な支持を得ました。

矢追さんはオカルトブームの火付け役となったテレビ番組『11PM』『木曜スペシャル』でUFOや超常現象、超能力を電波に載せた伝説の男。しかしなぜ、そもそも謎に満ちた世界に足を踏み入れたのでしょう。

矢追さんは、1960年に日本テレビに入局。最初から超常現象を取り上げるような番組を製作していたわけではなく、そこに辿り着くまでの下積み時代があったとのことです。

「日本テレビに入社して最初はドラマ制作に配属されたんですよ。でもドラマは自分には向いていなかった。ドラマっていうもの自体が世の中にあんまりいい影響を与えないなと思ってしまって」

え、ドラマの制作部!? なぜ肌に合わなかったのかを聞くと、ゆっくりとコーヒーを飲みながら矢追さんは次の言葉を口にしました。

「身も蓋もないですけど、ほとんどの人が既成概念でものを見て、ものをしゃべっているわけです。刷り込みが行われているんですよ。だから桜を見たら綺麗って言わなきゃいけない。パブロフの犬みたいに反射的に桜を見ると『きれい』と言う。めったに汚いっていう言う人はいない。人間の感情も、ほとんどドラマから刷り込まれる。だから自由な感情ができなくなる一旦を担っているような気がしてね」

そう考えていた矢追さんはバラエティ制作に異動。そこで出会ったプロデューサーから新しい番組の立ち上げに誘われます。その番組が、1965年から1990年まで放送された伝説の深夜番組『11PM』でした。

「当時、11時っていったらみんな寝ていたんですね。だから、『11PM』は本来成り立たない番組だった。みんな寝ていて、視聴率がめちゃくちゃ悪いだろうから。でも、どこの局もやらないところを思い切って日テレがやったんです。それが面白かった。だけど、やっぱり『11PM』は視聴率が望めないからあまり局内では評判がよくなく、みんな行きたがらないんです。

そこで『11PM』のプロデューサーが、社内を駆け回ってあらゆる部署から腐っていたり、あいているやつを引っ張ってきた。そして、ケツは俺が拭くから好きなことをやっていいよって。俺も頼み込んで入れてもらったクチなんですよ」

もし『11PM』がなければ、現在の矢追さんもいなかったということですね。そして70年代前半、矢追さんはあることが頭によぎったのだそう。

「時代は高度経済成長で、みんな馬車馬みたいに働いている。ボーっと空を見るとかなくなっていたんですよ。みんな忙しそうにせかせかと一点を見据えて歩くじゃないですか。どうしてそうなるんだろうと思ったときに、たぶん精神的に余裕がないんだろうと思った。だから、これは空を見させないとなってね。どうしたら空を見るか考えたときに、あ、UFOがある(笑)って気づいたわけです」

そしてUFO、ネッシー、超常現象など、未知のものを紹介する番組でブレイクした矢追さん。伝説は『11PM』から始まったのでした。

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