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「世界一遅れた中絶手術」 なぜ日本の医療は女性に優しくないのか?

『フェイクの時代に隠されていること』より イラスト:小田嶋隆
『フェイクの時代に隠されていること』より イラスト:小田嶋隆
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『フェイクの時代に隠されていること』 著:斎藤環、福山哲郎

安倍晋三首相が、日本政府の最重要課題の1つとして掲げているのが、女性が輝く社会の実現。首相は、「すべての女性が輝く社会づくり」というキャッチフレーズのもと、女性の積極的な登用や活躍促進のための取り組みを推進しているが、現状では「笛吹けども踊らず」の感は拭えない。

なぜ日本ではフェミニズムが一向に浸透しないのか? 政界きっての論客である福山哲郎(立憲民主党幹事長)と「ひきこもり」診療では世界的な第一人者である精神科医の斎藤環(筑波大教授)が、7月13日に『フェイクの時代に隠されていること』を上梓。斎藤氏は、日本の医療がいかに女性に優しくないのか、「中絶手術」を例に解説している。

 * * *
斎藤:日本のフェミニズムの罪でもあるんですが、日本の婦人科業界って、ものすごい遅れているんですよ。日本の医療全体がたいがいガラパゴスなんですが、精神科と婦人科は相当ひどい。深刻な問題です。

婦人科医が妊産婦の苦痛に配慮しないのは日本だけなんですよね。これは無痛分娩の普及がひどく遅いということに象徴されています。昔よりは少し広がりましたけど、いまだに「お腹を痛めた子じゃなきゃダメ」みたいな、旧弊な、それこそ家父長的な価値観が残っていたりする。「妊婦はサボってはいけない」「妊婦の仕事はお腹を痛めて子どもを産むこと」みたいな価値観があって、そういう価値観が無痛分娩の普及を阻んでいるということがあると言われていますね。

それからもっと深刻なのは中絶の問題で、世界的なスタンダードは中絶薬という薬を使うんですよ。飲んだら流産するという薬が主流です。日本ではこれが認可されていないんですよね。もう数十年も認可が遅れているんです。ちょうど低用量ピルと同じ現象が起こっているんですね。ピルも認可は世界に比べて何十年か遅れましたけど。これはやっぱり婦人科業界が反対した。なぜかと言うと、ここは構造的な問題で、婦人科の開業医の財源のひとつが中絶手術なんですよ。

福山:そうか。

斎藤:ええ、中絶が減っては困るんですよ。一旦妊娠してから堕ろしてくれないと困るんです。だから避妊されちゃ困るというのがあってですね。

福山:中絶って保険適用ないんでしょう。

斎藤:ないです。だから一件十万から数十万。いい金づるではあるんです。だから、そう表立っては言わないまでも暗黙の了解事項として、人工妊娠中絶が減ることは好ましくないという価値観が温存されていて、いまだに強い風潮としてあるんですよね。

それから中絶手技の問題があります。掻爬(そうは)ってありますよね。いまだに中絶で掻爬が主流なのはほとんど日本だけなんですよ。他の国では吸引でやるんです。吸い取るんですね。これなら事故は起こりにくい。掻爬って文字通り「引っ掻く」ので、子宮破裂のリスクが高い。

ところが日本の婦人科では、掻爬術が伝統芸みたいに洗練されてきて、一種の「掻爬道」みたいになっているので、手技が捨てられないんですよね(笑)。これでなきゃダメという医者がすごくたくさんいます。本当に世界一遅れた中絶手術をやっているのが日本なんですよね。

それで何が言いたいかというと、そこにも男尊女卑の傾向が表れているということです。たとえばバイアグラ。あっという間に認可されましたよ、これは。世界で発売されたら日本でもすぐ認可されました。で、そのはずみで低用量ピルが認可されるという流れになっている。

福山:なるほど。

斎藤:いかに女性の権利とかなんとか言っても、フェミニストの方々自身が、あまり女性の身体に配慮していない。「そういう楽な手術をさせてはいかん」とか「楽な避妊をさせてはいかん」みたいな価値観は、実はフェミニズムのなかにもあって、そのフェミニズム思想の遅れが婦人科の遅れを助長している面もあると言われています。

日本では社会構造的に、女性の扱いは一番最後なんです。一番最後に寝るのは女性、一番最後にご飯を食べるのも女性みたいな風潮がかつてあったわけですけれども、それがいまだに妊婦のなかにばっちり温存されている。「虐げられた性」という状況はそんなに変わっていないと思いますね。

福山:今、男女共同参画で女性の活躍とか言って、社会進出とか仕事のなかでの機会の平等だとか、労働条件をちゃんと良くしようとかいいながら、実は非正規には圧倒的に女性が多いという問題がありますけど、今されたお話はそれよりもっと深刻な、本質的な問題ですね。

斎藤:そうなんですよ。少子化とかなんとか言う前に、もっとお産を楽にするとか、中絶しやすくした方が、私は妊娠率が高まると思っているんです。リプロダクティブ・ヘルスを考えるときに女性の苦痛をいかに減らすかという、かなり本質的な問題なんです。いまだに中絶は、世間的にも、婦人科の業界ですら「罪を犯した罪人に対する処罰」みたいなものになっちゃっているんですよね。

福山:そういう風潮は残っていますよね。

斎藤:残っていますよ。だから中絶が簡単にできたらまずいみたいな価値観が、まだあってですね。

福山:女性団体と話すと、よくレイプの中絶なんかでも……。

斎藤:そうそう。やってもらいに行くと、説教されるんですって、被害者が(笑)。

福山:「あなたに隙(すき)がある」とか。

斎藤:しかも女医から(笑)。「もっと自分の身体を大事にしなきゃダメじゃないの」なんて言われちゃう。そんなことを言うなら、「痛くない手術をまずしてくれ」と言いたいですけど。「あなたには懲りてもらわなくちゃいけないから、ちょっと痛い思いをしてもらうわよ」みたいな懲罰的なニュアンスがあるんですよね、その根底には。そうすると妊娠しにくくなっちゃうかもしれないんですけど。

福山:2017年の国会で、110年ぶりの法改正で性暴力に対する厳罰化ができました。これもすごい女性の運動が大きかったんですけど。それでもまだ……やっとですからねえ。

斎藤:やっとですね。

福山:なるほどなあ。医学界から見てそういう問題があるんですね。

斎藤:婦人科の話は、私も門外漢でしたので、いろいろ調べたんです。今申し上げたのは全部事実関係がちゃんとありますので、陰謀説ではないんです。本当に遅れている。それに婦人科医自体も弱い立場で、ちょっと事故が起こるとすぐ裁判とか起こされちゃうんですね。下手をすると大野病院事件みたいに医師が逮捕されたりする。

福山:そうなんです。リスクが高いんですよね。

斎藤:それで、なり手が減っちゃっているわけですよね。だからあまり叩くと、社会にとってはまずい面もあります。少子化という点から考えても、産婦人科の担い手がいなくなったら絶対に困るわけですから。そこら辺がなかなか難しい問題ではあるんですけれども。

福山:分娩しない、不妊治療とかにばかり婦人科医の方が行かれて、分娩施術はしないところもあるようですね。

斎藤:結局易きについてしまう。どの業界でもそうですけれども。無痛分娩が普及しないのは、やっぱり麻酔の事故が起こったりするからですね。それは、ろくな設備がないところでやるからであって、麻酔科医がちゃんと常勤できるようにしてもらったら、そうそう事故は起こらないんですけど。たまに事故があると、賠償金がすごい高いので、手を出さない方がマシと思っちゃうんでしょうね。

福山:少子高齢化ということをもう何年も言っているんですけど、全然出生率が上がらない構造的な問題がありますよね。たとえば、女性の社会での地位の問題とか、保育手当ての問題とか、働き方の問題とか。やっぱりそういうことを構造的に変えないといけない。ましてや保育士さんの給料をちゃんと上げないと。

斎藤:そうですね。ワーク・ライフ・バランスとか、かけ声はいいんですけど。結局最初のインフラが全然広まらないので、バランスのとりようがない。経済面もそうですし。

福山:実態は、人的な手当ても全然足りないわけですよね。給料が安くて、来いといってもなかなか来ないわけですから。だから保育士さんとか看護師さんの給料が上がらないというのも、実は保育士さんも看護師さんも元々女性がやっていた仕事で、それで構造的に地位が低かったことが起因しているのかな、とも思ってしまいます。

斎藤:そうですね。後回しになっていますね、いろんな意味で。

福山:だから、先ほど子どもの問題で普遍主義に基づくんだという話をさせていただきましたけど、女性の問題もそうだと思っています。保育士も看護師も労働待遇を良くして、そこで人材確保をして、そして女性が働きやすくてなおかつ子育てがしやすいような状況をつくらないと、少子化ってなかなか変わらないですよね。

斎藤:変わりようがないですよ、それは。女性に楽をしてもらわないと、子育てなんて余裕はないに決まっているわけですから。もう少しその辺を、女性の身体に配慮してほしい。地位もそうですね。

よく言われますけどフランスで少子化を防げたのは、ひとつはシングル・マザーの権利を高めたというのが大きいですよね。シングル・マザーになったらもう貧困にまっしぐらみたいな日本の状況では、怖くてとても子どもをつくれないですよ。まず生きやすい社会をつくらないといけないと思うんです。そこで「努力が足りない」とかの自己責任主義みたいになってくると、怖くて誰も子どもが持てなくなってしまう。

福山:それはシングル・マザーじゃなくても、夫婦もそうですよね。結婚している夫婦でも、賃金が上がりにくいリスクが高まっているなかで、子ども二人目、三人目といっても、先々どうするんだと考えると、やっぱり二の足を踏みますよね。少子化対策が必要だとか言いながら、不妊治療をやっている若い夫婦には公的扶助が十分ではないし、保険も利かないし。

斎藤:少子化で困っていると言いながら、対策をろくに打っていない。この状況はなんなんだろうという疑問がずっとあります。

福山:そうなんですよね。実は私らが政権のとき、初めて不妊治療への医療保険の適用を検討したんですよ。それから出産のときの出産一時金を増額したんです。親の所得に関係なく、子どもを産むというその時点における費用に関してはしっかりみることにしたんです。

斎藤:そういうことを書きましょうよ。そういういい話を。あまりにも知られていないじゃないですか。私も知りませんでしたし(笑)。

 * * *
会社や組織で女性の権利が蔑ろにされることも許されないが、医療の現場で男尊女卑が横行しているとは言語道断だ。安倍首相がもしこの事実を知らないのなら、勉強不足は甚だしいし、知っていて策を講じないのなら、「すべての女性が輝く社会づくり」という看板は下ろすべきだろう。

同書ではこの他、忖度がなぜ暴走したのか、真実よりもフェイクが氾濫する理由、最悪の法改正案、増え続けるひきこもり、続く貧困と差別など、「政治の現場」と「精神科医療の現場」の視点から、この時代の裏で起こっていた事を解説している。

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