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深夜ラジオの代名詞「オールナイトニッポン」 初期のDJは全員○○だった

『ケトル VOL.45』(オールナイトニッポン特集号)
『ケトル VOL.45』(オールナイトニッポン特集号)

「君が踊り、僕が歌うとき、新しい時代の夜が生まれる。太陽のかわりに音楽を、青空のかわりに夢を。フレッシュな夜をリードする、オールナイトニッポン」

1967年10月2日深夜、日本のディスクジョッキー(DJ)の草分け的存在として知られる糸居五郎の名調子から始まった『オールナイトニッポン』(ANN)。番組が始まった当時は若者向けの番組がなく、深夜ラジオを聴いていたのはトラック運転手や看護師、受験勉強中の学生など一部だけ。内容も大人向けが中心で、音楽は演歌や歌謡曲が流れるものばかりでした。

そんな中にあって1959年から放送されていた糸居五郎の『オールナイトジョッキー』が若者の間で盛り上がっていたフォークやロックを流し、徐々に人気を集めるようになっていました。この点に注目したニッポン放送は、音楽中心の若者向け深夜番組を企画。そうして生まれたのがANNでした。

創成期のパーソナリティは糸居五郎も含め、全員がニッポン放送の社員。選曲から構成まで自ら考えるDJスタイルで放送していました。狭いスタジオにはディレクターとパーソナリティの2人だけ。前例のない番組だっただけに制作費を抑えるために行っていた工夫でしたが、パーソナリティが自分たちの正直な言葉でリスナーに話しかけるスタイルはかえって共感を集め、彼らは若者にとっての兄貴的存在かつ、誰よりも身近なスターとなっていきます。

番組開始から間もなくして、ANNのパーソナリティたちのもとには毎日5000通ものハガキが集まり、翌年にはファン組織も結成。深夜ラジオそのものが社会的なブームとなり、他局でも『パック・イン・ミュージック』(TBSラジオ)や『セイヤング』(文化放送)といった深夜番組が人気を博していきました。

パーソナリティがリスナーである若者に寄り添い、同じ時代を生きる“仲間”として語りかけることで連帯感を生み出していく。ANN創成期のパーソナリティたちが作り上げたスタイルは、50 年が経った今も番組のDNAとして受け継がれています。

◆ケトルVOL.45(2018年10月12日発売)

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