書道展で展示される作品 なぜ読めないような文字ばかり?

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 新聞の一面で、日展の「書の篆刻部門他の不正審査疑惑」が報じられたのは2013年10月初旬。業界関係者からは「何を今更…」という声が聞かれる一方で、世間からは「公益法人で、日本最高峰の芸術公募展が不正審査とは残念」という声も上がったのは記憶にあたらしいところです。その後、日展審査の疑惑を調査した第三者委員会の報告では、日展が歴代の芸術院会員の長老を絶対的トップとしたヒエラルキー(ピラミッド型の段階的組織構造)体質の問題が浮き彫りになりました。

 そもそも“書”は、江戸時代に読み書きを寺子屋で学んでいたように、情報を他人や自分のために残したり、共有するための実用の情報技術(IT Information Technology.)だったはずです。いつから“書”という情報技術が、審査されるだけの“芸術”になったのでしょうか? 調べていくと“書”にまつわる意外な歴史が・・・。

 私達が「書道(習字含む)」と呼んでいるものは、明治以降に主流になった中華式の書「唐様(からよう)」と呼ばれるもので、そこまで古い日本の文化ではないようです。5~6世紀頃から中華大陸から漢字が伝わりましたが、平安時代に中華文化から脱却した国風文化が起こり、かな書など日本独自の書「和様」が発生します。

 そして、260年続いた江戸時代には、和様“御家流”が公式書体として寺子屋教育などを通じて庶民に文字が普及します。「たった四はいで夜も眠れず」という瓦版を、庶民が読めたことは当時、すごいことのようで、ペリーは「日本遠征記」で日本人のことを「読み書きが普及している」と特筆しています。

 一方、そのころの唐様は、一部の方の趣味に過ぎず、読める人がいないので実用性はありませんでした。遊芸にふけった商人を皮肉った川柳に「売り家と唐様で書く三代目」というがあります。「苦心して初代が残した財産を、3代目には没落して家を売ることになる。しかし、『売り家』と書かれた書体が、庶民が読める御家流ではなく、趣味の書である唐様だった」という意味で、唐様は特殊だったことが伺えます。

「日本近代書道の父」と呼ばれる日下部鳴鶴も、書籍「六朝書道論」(1914年)の中で「御家流であらざれば書にして書にあらずという偏見が、一般の頭脳に留まっていたことは事実」と書いたほどです。当時は、圧倒的に主だったのが和様“御家流”で、唐様は従の立場で圧倒的に少数派でした。
 
 ところが、明治維新で倒幕を果たした明治政府は、御家流ではなく幕末の三筆の1人、特に楷書を得意とした唐様の巻菱湖の “菱湖(りょうこ)流”が公式書体になります(将棋の駒名“巻菱湖”でも有名)。これで、世界最高峰の識字率を誇った和様は、あっさり衰退します。現在の書道が漢字中心なのは、明治政府が唐様を採用したことが背景にあるようです。

 しかし、その唐様の天下も、そう長くは続きません。今、文字が、手描きのペンからキーボードやタッチパネルになりつつあるように、明治以降、鉛筆、万年筆、ペンなどの便利な筆記具の登場で、筆は実用の筆記具の役割を終えることになります。
 
 ところが、書道は“芸術”としてプロモーションが大成功します。1948年(昭和23年)には、日展に“5科”として部門が設立、芸術としての確固たる地位となり、現在は日展の出品数の70%以上を占めるほどで、書なしでは日展が成立しないほどです。逆に言えば、芸術としての認知は近年になってからで、東京芸大など代表的な芸術系大学に書道科がないのも、このような背景があるためだと思います。
  
 さて、江戸時代を最後に表舞台から消えた日本式の書である和様は、現在、どうなっているのでしょうか?
 
 歌舞伎の文字(勘亭流)は、和様“御家流”が源流で、相撲(根岸流)、落語(橘流)などの他書体に派生して、現在も皆さんに親しまれています。ただ、和様由来だからなのか、御家流と同様、書展で見ることはなく、美術館などでも書道の扱いされることはないようです。2013年開催の東京国立博物館の「和様の書」展でも、御家流や江戸文字などの展示はほぼなかったようです。

 実は、書道団体でも、昭和ごろから現代版の和様となる「誰でも読める」書風の必要性が高まります。日本の書道界のトップの“芸術院会員”で「現代書道の巨匠」と言われた村上三島は1995年に「読める書」の必要性を以下のように述べています。

「一般人が全部誰でも読める、 漢字かなまじりの作品が、それぞれの個性豊かな作品として生まれてほしい。でも、だれでも読めて鑑賞に価する書は、参考文献が多数ある現在の書道と違い、参考書のない書道(※)。何十年係るかわからない大仕事だが、日本人が作り出さなければならない」(日本書芸院1995年 会報88号より抜粋編集)

(※)書の練習は、過去の書を模写することが最大・最強の練習法なので、参考文献がないと困る

 同年、村上は読売書道会に調和体部門を設立し、先に立ち上げた毎日書道会系の近代詩文書と共に、漢字と平仮名交じりの読みやすい作品を発表しています。ただ、一般の人には読めない崩し字・続け字が多く使われている点で、ややマニア向けな印象を受けます。
 
 誰でも読める和様と言えそうな書風の代表は「にんげんだもの」で有名な相田みつをでしょう。皆さん御存知の通り誰もが読める書風です。残念ながら相田みつをは弟子がおらず、みつを風の書体を現在、学ぶことはできないようです。

 現在、学べる教室となると、和様“読める書”専門で「うどよし書道教室」(東京都文京区湯島、国立NHK学園)という書道教室があります。1/24(金)~26(日)には、うどよし書道教室の団体書展「和様の書展」が開催されるとのこと。作品は書作品 40点含む合計53点が出品予定で、筆ペンの和様体験も可能なので、興味がある人は、是非、立ち寄ってみてはいかかでしょうか? (文中敬称略)

・うどよし書道教室 団体展「和様の書展」(入場無料)
2014年1月24日(金) 15時~19時
25日(土) 11時~17時 (※13時~ はんこカバー「袴」ワークショップ)
26日(日) 11時~16時

場所:千代田区生涯学習館(九段下駅 6番出口すぐ)

【関連リンク】
うどよし書道教室
書展詳細

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。