夜行性の昆虫はなぜクルクルと螺旋状に飛び、最後は蛍光灯にぶつかる?

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これからの季節、蛍光灯に虫が集まる光景は「いかにも夏」だが、虫たちはなぜクルクルと螺旋状に飛び、最後はぶつかるのか? 動物行動学者の松原始氏が動物観察についてつづった『カラス先生のはじめてのいきもの観察』(太田出版)によれば、これは「昆虫の航法システムによる一種の事故」だという。同書で松原氏はこう解説している。

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夜行性の昆虫は、しばしば月を頼りに飛ぶ。鳥は太陽や星空を見て方角を決めるが、月を頼りにすることはない。渡り鳥のように何日、時に何週間もかけて長距離を飛ぶ場合、満ち欠けがある上に月の出・月の入の時刻が毎日変わる月は、方角を知るための目標としては不安定すぎるのだろう。

一方、もっと短時間のナビゲーションならば、月を使っても大丈夫だ。昆虫は光源に対して一定の角度を保って飛ぶという、極めて単純な誘導システムを使うと考えられている。例えば、「月が右30度の方向に来るように飛べ」というルールを守っていれば、昆虫は直進することができる。

昆虫がどれだけ飛んでも、月の位置が変わることはない。夜汽車に乗っていて、車窓の月が列車と並走しているように感じたことはないだろうか? あれは、手前の景色はどんどん角度を変えるのに、月との位置関係がいつまでも変わらない(少なくとも感じられるほどには変わらない)せいである。その理由は、月が極めて遠いところにあるからだ。

例えば、時速100キロでまっすぐ走る列車があったとしよう。1秒間にほぼ30メートル進む速さだ。この列車に乗って、線路の真横30メートル先の電柱を見ている場合、1秒で45度も角度が変わる。この変化が感じられないわけがない。300メートル先なら約4.5度まで減る。これもまあ、捉えられるだろう。だが月は?

月までの距離は36万キロメートル。1秒で0・000001度以下しか変わらない。こんなズレは人間の目には検出できない。つまり、動いていないのと同じだ。だから、「月はいつでも同じ位置に見える」と言ってしまっても、事実上問題ないのである。

もちろん、地球の自転に伴って1時間に約15度、その位置を変えるけれども、何時間も飛び続けるのでなければ、特に問題にはならない。というわけで、月に対して一定の角度を保って飛ぶだけで、短時間なら、昆虫は直進できる。だから、彼らは夜空に浮かぶ明るい光源を目印にするのだ。

だが、この光源が思ったより近かったら、どうなるだろう? 作図してみるとよくわかるので、是非、試してみてほしいのだが、光源に対して90度より小さい角度を保って飛んだ場合、ムシの飛跡は螺旋を描きながら光源に近づき、最後は衝突する。

90度より大きい場合は、螺旋を描きながら光源から遠ざかる。光源から遠ざかる場合があったとしても、そういう虫は闇の中に消えてしまうので、我々の目に止まらない。90度ぴったりの場合は、円軌道を描いて光源の周囲を回り続けることになる。

灯りに向かって飛びこみ続ける鬱陶しいムシは、本来ならちゃんと機能するはずだったルールに従っているにすぎない。言ってみれば、光源なんてものを手の届く距離に作り出した人間の犠牲者なのだ。

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一見、不思議に思えることも、きちんと理屈があったということ。このほか、「双眼鏡事始め」「図鑑の使い方」「空飛ぶものへの憧憬」「台風の夜」「足もとの昆虫学」「水たまりの生態系」「獣道の見つけ方」などについてつづられた『カラス先生のはじめてのいきもの観察』は2018年6月14日(木)に発売。1500円+税。

【関連リンク】
カラス先生のはじめてのいきもの観察

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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