鬼才・丸屋九兵衛が「歴史改変SF」の必要性を語る

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港区のエキサイトカフェにて、音楽ウェブサイト『bmr』編集長にして、幅広い分野で活躍を続ける丸屋九兵衛のトークライブが開催された。隔月ペースで開催されているこちらのイベントは、博覧強記の怪人・丸屋が、第一部でアフリカ系アメリカ人をとりまく文化、第二部では、オタク周辺カルチャーについて、膨大な量の資料を提示しつつ講義を繰り広げるというものだ。

■丸屋九兵衛トークライブ【Soul Food Assassins vol.7】 続・黒人英語講座! それをスラングと呼ぶな

第一部【Soul Food Assassins】のテーマは「黒人英語」。黒人英語概論となった前回に引き続き、文法について詳しく語る内容となった。

◆異民族との交流のために変化してきた英語

UKの中心となるグレートブリテン島は、ケルト人、ローマ人、アングロサクソン、デーン人はじめ様々な民族の支配を受けてきた歴史を持つ。住民たちは、異なる言語を話す侵略者がやってくるたびに、自らの言語(=英語)に外来語を取り入れ、また文法を単純化することで、コミュニケーションの円滑化を図った。「英語は必要に迫られる形で常に変化してきた言語。黒人奴隷と白人が意思疎通のために作ったピジン(=片言の言語)をルーツとする黒人英語は、その最新バージョンのひとつと言えるでしょう」と丸屋は語る。

◆結構複雑な黒人英語の文法

黒人への人種的偏見も手伝って「黒人英語=英語をグレードダウンしたもの」と考える人は少なくない。誤解を解くために、まずは黒人英語の特徴をいくつか挙げていこう。

*三人称単数現在におけるSの欠如
He play basketball.=彼はバスケをプレイする ※本来はHe plays basketball.

*Be動詞の欠如
We the best.=俺たちはベスト ※本来はWe are the best.

*万能の否定語(?)「ain’t」
There ain’t(=isn’t) no free rides, baby.=タダ乗りはないんだよベイビー
I ain’t (=haven’t) got no money.=俺にはお金がない

見ての通り、黒人英語には不必要な文法や語彙を省略する傾向がある。グレートブリテン島の住民たちが必要に迫られて進化させた英語を、さらにブラッシュアップしたものとは言えないだろうか?さらに例を挙げていこう。

*繰り返される習慣としてのBe動詞
Sometimes they be stopping & frisking me.=時折彼らは私を職務質問する

*否定を強調する二重否定
I ain’t got no money.=金が全然無いんだよ!

*「no」で始まる単語を主語とする二重否定文では、否定の助動詞や動詞を文の先頭〜主語より前に配置
Can’t nobody hold me down.=誰も俺を倒せない

この辺りになってくると、何が何やらわからないというのが正直なところ。が、既存文法のルールを無視することが、瑞々しく豊かな感情表現に繋がっているような気もする。丸屋が言う通り、黒人英語は劣化した英語などではないのだろう。そもそも言語に優劣などあろうはずもないのだが。

残念ながら今回の黒人英語講座は、ここで一旦終了。限られた時間で一つの言語の文法について語りつくすのは、さすがの丸屋にも難しかったようだ。そんなわけで次回の【Soul Food Assassins】も、引き続き「黒人英語」がテーマになるとのこと。アフリカンアメリカンカルチャー好きや語学マニアの皆さんは奮って参加してみては。

■丸屋九兵衛トークライブ【Q-B-CONTINUED vol.24】 夏期講習、ビブリの塔はここにあり。歴史改変SF大全!

トーク第2部は「夏期講習、ビブリの塔はここにあり。歴史改変SF大全!」と銘打って、我々が知る世界とは異なる歴史を歩んだ世界を描く「歴史改変SF」について語る展開となった。

◆欧米で超人気!「歴史改変SF」ってなんだ?

丸屋はSFを<WHAT IF(=「仮に〜したらどうなるだろう)から始まる思考実験>と定義している。「仮にAI搭載の自立型兵器が暴走したら」など、SFにおいては未来に設定されることが多い<WHAT IF>を、例えば「仮に徳川幕府が現在も続いていたら」といった風に過去に向けたものが「歴史改変SF」と呼ばれるジャンルだ

日本においては一部奇特な方々が愛好するにとどまっている「歴史改変SF」だが、欧米では超がつく人気ジャンル。SFとは全く縁がなさそうなヒップホップ専門誌「THE SOURCE」にさえ、歴史改変SFコミックが掲載されたことがあるというから驚く。

そんな欧米の歴史改変SFで好まれるのが、「もし第二次大戦で日独伊が勝っていたら」という某方面が喜びそうなテーマ。日独がアメリカを分割統治している世界を描いたフィリップ・K・ディック『高い城の男』、頭のイカれたドイツ系SF作家アドルフ・ヒトラーがド下手な英語で書いたという設定のノーマン・スピンラッド『鉄の夢』など代表的な作品と言えるが、丸屋がフェイバリットにあげたのはピーター・トライアスの『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』。

同作で描かれるのは、第二次大戦にロボットが投入され、日独伊が勝利した世界。アメリカは南北に分割されるとともに、アメリカ人が創氏改名され、日本風の名前になっているというストーリーだ。ところがこの作品を書いたピーター・トライアスは、日本のアニメやゲームが好きな韓国系アメリカ人で、韓国語の基本はわかるが、むしろ北京語の方が得意だという。「アメリカにおいて、すでにアジア系は融合しており、ネトウヨが望むのとは別の形で<八紘一宇>が成立しかけているのかも?」と丸屋は語った。

◆ネアンデルタール人が生き残り、北米大陸から東海岸がちょん切れ、蒸気コンピューターが実現!? 巨匠ハリー・タートルダブの世界

アメリカが独立した1776年を歴史的分岐点に、アメリカがUKから独立しなかった世界を描いた作品が、ハリー・タートルダブとリチャード・ドレイファスによる『The Two Georges』。アメリカ独立戦争を契機として発生したフランス革命が起きていないためにフランスで王政が存続していたり、マーティン・ルーサー・キングが魅力的な声を持った総督として登場したりと、いろんな意味で歴史改変SFのお手本的な作品なんだとか。

ちなみに、このタートルダブは、歴史改変SF界では巨匠として知られる存在。「もしネアンデルタール人が生き残っていたら」を<WHAT IF>に設定した『Down in the Bottomlands』、8500万年前に北米大陸の東海岸がちょん切れている世界を描いた『Atlantis』など、とにかくスケールのデッカい作品を多数発表している。

◆より良い世界を作るために歴史改変SFを読もう

さらに丸屋はサイバーパンクの巨匠ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングが蒸気式コンピューターが実用化された世界を描いたスチームパンク『The Difference Engine』、「第一次世界大戦が遺伝子改造生物と巨大ロボットの戦いだったら」という<WHAT IF>を描いたスコット・ウェスターフェルドの『Leviathan』三部作を技術系歴史改変SFの真打としてレコメンドした。

そしてトークの締めくくりにあげたのが、「もし黒死病でヨーロッパの人口の99%が死滅していたら?」を<WHAT IF>に設定したキム・スタンリー・ロビンソンの『The Years of Rice and Salt』。ルネサンス前夜の1405年にヨーロッパが滅んでいたとしたら世界はどうなっていたかを描いた作品だが、こちらのラストシーンはサンフランシスコで中国系の教師とインド人の少女が出逢うという、どこか多様性を予感させるものなんだとか。

丸屋はこんな言葉で、この日のトークを締めくくった。

「結局のところ、我々の世界は数ある可能性の中の一つでしかないんです。より良い世界を作るために、あるいはこの世界を今より悪くしないためにも、歴史改変SFは必要なんだと思います」(丸屋九兵衛)

<開催情報>
丸屋九兵衛トークライブ

■場所
「エキサイトカフェ」
東京都港区南麻布3-20-1 Daiwa麻布テラス4F

■講演タイトル
丸屋九兵衛トークライブ【Soul Food Assassins vol.7】続・黒人英語講座! それをスラングと呼ぶな。
2018/8/26(日) 13:00~2018/8/26(日) 14:30

丸屋九兵衛トークライブ【Q-B-CONTINUED vol.24】夏期講習、ビブリの塔はここにあり。歴史改変SF大全!
2018/8/26(日) 15:00~2018/8/26(日) 17:00

【関連リンク】
丸屋九兵衛ドットコム
丸屋九兵衛 (@QB_MARUYA) -Twitter

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。