うたた寝は生活を狂わす
第4回

酔いが深い夜にして小沢健二と伊丹十三を想う

カルチャー
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なんてことないことがなくなったら、なんてことあることしかなくて大変だ。これは、カルチャー誌『ケトル』の副編集長である花井優太が、生活の中で出会ったことをざっくばらんに、いや、ばらっばらに綴り散らかす雑記連載です。おそらく毎週更新されます。おそらく……。第4回目は、小沢健二さんのツイートと伊丹十三監督の話。

* * *
もう紫陽花の風景が飛ばされていっちまうくらい、目まぐるしい毎日を過ごした。家に帰れば丸太のように眠る。夜明け前の弱すぎる光が差し込み始める頃に目が覚め、時には二度寝する。気怠さを感じながらも、気合いで頭に血液を送る。繰り返されるデジャ・ヴを噛み締め、蛇口をひねり流し込む。そんな一ヶ月。ちょっと格好をつけて書いてみたけど、ようはよく働いたんです。

疲れがたまってくると、週末はお酒の量も食べる量も増える。それが最上の心身の保ち方なのだと納得はしつつも、着実に腹に肉はつき、そしてむくむ。番番の焼き鳥からスタートし、レモンハイで乾杯。思い出横丁で餃子と野菜炒めを頼み、ビールで油分を洗う。次に暖簾をくぐれば鉄板の上で焼かれた肉とモダン焼き、バイスサワーがよく合う。そこから何を何杯飲んだかは全部覚えちゃいないけど、だいたいカンパリソーダを飲んでいた。〆はカレー蕎麦。夏なら蒸篭。それが正論。こんなの、繰り返しちゃいけませんな。しかし、やめられませんな。

逸楽を許し飲み歩いていると、なぜかスマホを見る時間も長くなる。もっぱらツイッターを開いては、スクロールと更新を繰り返す。酔った頭で読む文字は、ほとんど意味を持たなくなっていることに気づく。全然言葉が入ってこない。でも、手が止まり、息をして、暖かな血が流れていく、脳が正常に働いて刻まれていくものもあるのだ。

<“父のジーンズ(ダッドジーンズDad Jeans)”「パパが履いてるダサいジーンズ」という意味で米国一般メディアが使うが、お洒落女子は当然「ダッドジーンズかわいい」。ジーンズ自体は明るめの色の90s型で、米国のパパのTはスーパーで一番安いのだから、ギルダン等。ダッドルックもダッドも、よきかな>

小沢健二のツイートである。約20年前、若くして博覧強記だった彼は、しらけちまった純情をイルカが手を振る海の風に帰して、国外に生活拠点を移した。そこで実際に見聞きしたものを、海外と日本の間で生まれている認識の差や勘違いを、ささやかな美学を、突如今年からツイッターで軽妙洒脱に発信しているのである。たしか9年前NHKホールで、日本の中古車が南米でたくさん走っている話をし、たしか3年前クアトロで、ウォーターはワダーと言った方が通じるという話をした小沢健二。会わなければ聞けなかった彼の言葉が、スマホを開けば読めてしまう。なんたる幸運、神さまはいると思った。

ただ、ここでひとつ思う。僕はこの感覚を小沢健二以外にも抱いたことがあるのではないか。パラダイムシフトの可能性を秘めた鋭い視点、社会に点在する問題を見つめる思慮の深さ、ユーモアとエスプリを使い分けながら綴られる文章。これ、誰だっけ? しばらく頭をひねっていたが、次の小沢健二のツイートを見て「あ!」となる。

<”O”を”オ”でなく”ア”と読むと「英語喋れる人風」になる。bOdyをボディーでなく、バディーと読んでナイス・バディー。ノレッジだった知識を、ナレッジと言えば、国際人感。オを、ア。「部長、カンプライアンスは」「カンセンサスは」「僕はハット・カフィーhOt cOffeeで」と、調子に乗るとクビになる>

はい、では、「あ!」と思い浮かんだ人物の文章を続けてどうぞ。

<知り合いのチビが、プレスリーのハウンド・ドッグの最初の一行だけを覚えてきて、これを飽かず繰り返したことがあったのですが、これがまた神秘的だった。
ユエンナツバラハウンドドック
というのです。
ユエン、ナツバラ、なんて、まるで日本語じゃないか。
湯煙りの 立つや夏原 狩の犬
なんてね。
これは、ユー エイント ナシング バット ア ハウンド・ドック ということなのでした>(『ヨーロッパ退屈日記』伊丹十三著より)

魔法的ならぬ神秘的。そう、ジャガーはジャギュア、ガレージはギャラージュ、スピード・メーターはスピド・オミターでおなじみ、ぼく(ら)のおじさんにしてベビーブーマーたちのメンター、伊丹十三である。絵も文章も俳優もデザインもヴァイオリンも映画もテレビマンもCMプランナーも……なんでもやってのけた驚異のおじさん。おそらく日本ではじめてアル・デンテについて書いた料理好き。語学も堪能で、高校生の頃からアルチュール・ランボーの詩集を原文で読んでいたという稀代の天才。万能の人。

1961年に国際俳優として活躍するために欧州に飛び立った伊丹十三は、見知らぬ地で手に入れた見聞を自身の教養と練り合わせ、サントリーの広報誌『洋酒天国』にエッセイを発表した。それが『ヨーロッパ退屈日記』である。英語の発音、ジョーク、洋服の作法、などなど。アーティチョークも、アヴォカードも彼に教わったという人は多い。もちろん、スパゲッティの正しい食べ方も、ミドル・クラスの憂鬱も。また、日常にとことん焦点を定めた『女たちよ!』が、オトナの入り口だったという話もよく聞く。

これらの本からアッパーさを引いて“現代的”という便利な言葉を付け加えれば、だいぶ小沢健二のツイートに近づく。なんて言ったら、伊丹のおじさんは怒るだろうか。そして、小沢さんはなんて思うか……。でも、視点を増やすように投げかけ続ける姿勢は、ふたりに通じるだろう。ハイブロウすぎる時期を過ごし、トンネルを抜けてからは刀がしなやかさを持ち、社会問題にも眼差しを向ける。文化的な素養に溢れた神童として育ち、不器用さを見せながらも最後は必ず優しさにたどり着く。そんな時間の過ごし方。文才云々もあるが、やはり重なる、なんて。

しかもこのふたりは、歳を経るごとに語彙に富んで、普遍性を持ちながらもアウトプットの幅を広げている。“ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるなんて、そんなバカなあやまちはしない”のだ。

今年はじめ、「ケトル」で伊丹十三特集をつくり、宮本信子さんにインタビューをした。その時僕は、今でいう伊丹十三って誰なんだろうと思いながら信子さんの話を拝聴していたのだが、結局思いつく前にタイムアップ。なかなか難しいものだ。しかし、いまやっとわかった。小沢健二は伊丹十三と重なる部分がやっぱりあるし、伊丹十三が生きていたらツイッターで小沢健二のようなつぶやきをしていたんじゃないか? などと。ちなみに、草笛はわからないけど、伊丹さんは口笛が相当うまかったらしいですよ、小沢さん。嗚呼、信子さんにもこの話、伝えたい。

◼️NOTES
1●デジャ・ヴ
既視感の意。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングが1970年に発表したファースト・アルバムのタイトルおよび、B面1曲目。

2●番番
新宿歌舞伎町にある焼き鳥屋。とりたたき、番番やっこ、アスパラ豚巻き……焼き鳥以外も堪能できます。2000円握りしめていざ!

3●思い出横丁
新宿西口思い出横丁。はしご酒待ったなしの飲み屋街。まずは13時オープンのカブトに行って一通りいただきます。

4●バイスサワー
コダマが生んだ下町のカンパリソーダ! 梅酢です。しそ梅エキス入りです。

5●ギルダン
Tシャツやスウェットを出しているカナダのブランド。年間7億枚もTシャツ売ってるってマジ?

6●NHKホール
東京都渋谷区の多目的ホール。2010年6月9日と10日、小沢健二の全国ツアー『ひふみよ 小沢健二 コンサートツアー 二零一零年 五月六月』が行われた。

7●クアトロ
渋谷クラブクアトロ。ライブハウス。2016年1月20日、「魔法的」ツアーをここで発表。朗読を披露した。

8●プレスリー
エルヴィス・プレスリー。アメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身のロックミュージシャン。1935年1月8日生まれ、1977年8月16日没。公式音源の総売上枚数6億以上。ジョンもポールも憧れるロック・レジェンド。

9●ハウンド・ドック
1956年にエルヴィス・プレスリーが発表したシングル。意味は「口だけ達者な奴」。

10●ジャガー
イギリスの高級車メーカー。イギリス王室御用達。

11●洋酒天国
1956年4月、現在のサントリーである壽屋から創刊された広報誌。編集兼発行人は開高健。コンセプトは夜の岩波文庫。

12●ヨーロッパ退屈日記
伊丹十三が1965年に発表したエッセイ集。新潮文庫。594円

13●ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるなんて、そんなバカなあやまちはしない
小沢健二の1993年ファーストアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』収録の「ローラースケート・パーク」の歌詞。

14●宮本信子
女優。1945年3月27日生まれ。名古屋育ち。伊丹十三の妻。伊丹作品では主演をつとめた。近年では『あまちゃん』天野夏役、『この世界の片隅に』森田イト役など。伊丹十三記念館館長。

■筆者プロフィール
花井優太(はない・ゆうた)
プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。昨年一番聴いたアルバムはSnail Mail『LUSH』。タイトルが載った写真は関口佳代さんに撮っていただいたものです。Twitter : @yutahanai

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ケトルVOL.48

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

筆者について

花井優太

はない・ゆうた。プランナー/編集者。太田出版カルチャー誌『ケトル』副編集長。エディトリアル領域だけでなく、企業のキャンペーンやCMも手がける。1988年サバービア生まれサバービア育ち。昨年一番聴いたアルバムはSnail Mail『LUSH』。タイトルが載った写真は関口佳代さんに撮っていただいたものです

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