『泥の中を泳げ。 -テレビマン佐藤玄一郎』吉川圭三・著
『泥の中を泳げ。 -テレビマン佐藤玄一郎』吉川圭三・著
お笑いとバラエティ

「小説の宣伝で初めて地上波に出たら、あの明石家さんまが?」 吉川圭三『水道橋博士のメルマ旬報』7月16日配信号より

今年5月、「世界まる見え!テレビ特捜部」「特命リサーチ200X」「恋のから騒ぎ」などを手掛けた日本テレビのヒットメイカー・吉川圭三氏が、初めての小説『泥の中を泳げ。テレビマン佐藤玄一郎』を上梓した。テレビ局員として名を遂げたテレビマンが、テレビ局の内幕に迫るという同作。宣伝のためにテレビ番組に出てみたものの……?

 * * *
原稿を持って幻冬社、KADOKAWAといった大手出版社を渡り歩いたが、元テレビマンがテレビ局の内臓の様なモノを描いてしまったが故に、皆さんなかなか出版に踏み切れない。そして、あの「新橋アンダーグラウンド」や伝説のAV監督・村西とおるを描いた「全裸監督」の著者・本橋信宏氏と不思議な縁で繋がり中堅出版社の駒草出版の杉山茂勲さんを紹介された。ラフ原稿を送って2日目に「吉川さん。これウチでやりませんか?」とのメール。即断即決してくれた。それからリライト20回以上。やっとこの度出版できた訳である。苦労して育てた我が子がやっと世に出た感があった。

ここで、テレビ屋の性(さが)に火がついた。「テレビ番組なんて友達に褒められても意味が無い、最低限の視聴率は確保しなければならないし、数字は取れば取れるほど良い。」この論理がこの苦吟の末に生まれた私の小説にも“適用”された。「小説など売れなければ何の意味もない。」と思ったのだった。

そして、私の本の宣伝活動が始まる。出版、新聞、テレビ、ネットほか編集の杉山さんと絨毯爆撃の様な攻撃が始まる。週刊文春が私の写真入りで、辰巳出版が本橋信宏さんのインタビューにより「特選小説」(これ実は官能小説誌なのだが)で、日テレ元後輩の村上和彦君を脅して「てめえ!『東洋経済オンライン』で結構目立っているんだから書け。」と言ったらメルマ旬報で素晴らしい寸評を書いてくれてそれがケトルニュースで無料配信され、結局「東洋経済オンライン」の武政編集長に私が直談判し強引に私の署名記事を掲載していただき、LINEが運営するBLOGOSにも「テレビ界を描いた最も危険な小説」と言う拙文を強引に掲載頂き、水道橋博士と原カントくんのBS12の「BOOKSTAND.TV」に乱入し、IT業界では有名なITmediaをドワンゴ本社に呼び付け強制インタビューを決行し、マキタスポーツさんに本を送りつけTBSラジオで宣伝させ、「渋谷のラジオ」では普段ほとんど宣伝などやらないのにレギュラーの土屋敏男を組み敷いて1時間小説について語らせ(リスナーには相当不評だった様だが)、その他J–WAVE、J–CASTニュース、週刊SPAなどに半ば恫喝に近い宣伝依頼をした。

8月には私が在籍するKADOKAWAの「ダ・ヴィンチ」掲載や下北沢のB&Bでの水道橋博士とのトークショーが予定されているが、執念深い私はかつてコラムを書いていた発行部数日本一の読売新聞の文化部に現在もしつこい位に献本と電話攻撃をしている。

おそらく、この小説の発行元の駒草出版の杉山さんもこれ程の「キ○ガイTV屋」に小説など出させたらこんな恐ろしい事態になることを想定していなかったであろう。こんな「本を売る事」に固執している著者などおそらく見たことが無いと思う。

そんな中、ある日私は瀬戸内寂聴さんの「本を売るにはテレビに出なさい」と言う言葉を思い出した。しかし、普通の地上波やNHKは本の内容上プロデューサー達がためらうだろう。そして考えた。「そうだ。MXテレビがあるじゃないか。」あの多少逸脱する事が許される局であればと考えた。そして、あの大川制作局長にフェイスブックのメッセンジャーで攻撃し始めた。

執拗な攻撃後1ヶ月半後、大川さんは「もう勘弁。」と思ったのか?火曜日21時の「バラいろダンディ」に出演を依頼してくれた。“ついにMXも落ちたり”と思い、スーツを新調し、ポール・スチュアートの絹のワイシャツを買いグッチの靴を履いて本番に臨んだ。出演前の事前アンケートも5時間かけて書き込んだ。しかし、7月9日私は地上波テレビの壮絶な洗礼を受けることになる。今まで出演させる側の奢りがそうさせたのか、出演してみたらそれは全くの別の世界だった。

本番に入ったら司会の阿部優貴子さんと蝶野正洋さんが私に的確な振りをしてくれる。そして元・TBSの安東弘樹さんが面白い蘊蓄(うんちく)を傾ける。バラエティー陣の玉袋筋太郎さんが絶妙なボケ。そして明石家さんま唯一の弟子と呼ばれる内山信二君がまるで私の会話の二歩三歩を行く様な運びで思わず絶句する。生本番の最後に番組の感想を聞かれた私は思わず「タレントさんてすごいですね」と言って笑いを取ったがそれは本心だった。スタッフも少数精鋭で感嘆した。

帰り際、いつの間にか来ていた大川局長に「吉川さん。また、よろしくお願いします」との声が。しかし、今まで私は「このタレントはイケてる、イケてない」と識別する役割だったのが、いざまな板に載ってみると演者さん側のすごさに圧倒されたのだった。

家に帰る前、自宅近くの中華居酒屋「日高屋」本郷三丁目店で冷えたビールを飲み餃子をつつきながらフェイスブックやLINEを見ていた。「吉川さん観ましたよ~」と言うおおむね好評な感想を読んでいたら、事前にMXでの放送のことを知らせていたあの明石家さんまご本人からのメール。恐る恐る見て見るとこんな言葉が。

「さっき録画しとった番組のOA観たけど、ずっと内山くんにフォローされとったやないか…吉川くんテレビなめとったらあかんで。」

こんな痺れるメールは初めてだった。その時”ああ、プロと同じステージに上がったらあかんわ“と心から思ったのだった。いくら宣伝をしたくても。やっぱり明石家さんまはテレビの鬼だったのである。おー怖。明石家さんま。許して~、夢に出るわ。

◆プロフィール/吉川圭三
ドワンゴ・会長室・エグゼクティブ・プロデューサー。1982年日本テレビ入社。お笑い番組・歌番組・クイズ番組・海外取材番組・ドキュメンタリー番組等…ワイドショーとドラマ以外の全ての分野を担当。10年近く鳴かず飛ばず。「世界まる見え!テレビ特捜部」を企画・制作。その後、「恋のから騒ぎ」「笑ってコラえて」「特命リサーチ200X」「踊るさんま御殿」を企画・制作総指揮。編成部企画部長。編成局局次長、制作局局長代理を経て、2014年9月1日、(株)ドワンゴに完全出向。

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