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三国志研究の第一人者に質問 「孔明の罠」は実際に凄かった?



巨匠・横山光輝の『三国志』は、連載完結から30年が経っても読み継がれる名作です。三国志がどんな物語か知らない人でも、「孔明」という単語を一度は聞いたことがあるでしょう。特にネットでは、ゲーム実況動画などでプレイヤーが想定外の罠に引っかかった様子を「孔明の罠」と呼ぶのが定番となっています。

この言葉の元祖はもちろん「横山三国志」。魏の司馬懿仲達が孔明の知略を恐れるあまり、蜀軍の何気ない行動も「裏があるのではないか」と疑い、戦う気まんまんの部下を諌める意味で、「待てあわてるな、これは孔明の罠だ」と語ったことが原点になっています。司馬懿といえば、三国志の中でも孔明と並ぶ天才軍師。そんな人物が恐れる孔明は、史実ではどんな人物だったのでしょう。

◆実は計略が苦手だった? 諸葛亮孔明の実像

「いえ、史実での孔明が軍略家として優れていたわけではありません。司馬懿を罠にかけるエピソードも、ほとんどが後年の創作なんです」

そう語るのは、三国志研究の第一人者である、早稲田大学の渡邉義浩教授。では、孔明はなぜこんなにも有名になったのでしょう。

「名軍師ではなかったですが、名宰相ではありました。内政に才能を発揮して、蜀の政治を取り仕切ったのは事実です。軍隊を統率し、『孫子』にならって自ら兵法書を書くなどもしていますが、同じことをやった曹操のほうが、すべてにおいてはるかに上でした。

孔明が天才軍師として語られるようになったのは、三国志の物語が芝居の演目や民間伝承となったことが大きい。漢王朝を救おうとした偉大な人物として神格化されていったんですね。その頂点にいるのが、実際に神様となった関羽です」

確かに、物語から離れて歴史的事実を調べていくと、赤壁の戦いで呉の火計を成功させるために祈祷で風向きを変えたなんてことはなかったり、漢中の戦いで魏軍を撃退したのは孔明でなかったりと、「横山三国志」に描かれた逸話の多くが、史実に存在しないことがわかります。

そもそも劉備の死後に魏へと侵攻した「北伐」が成功しなかったのも、「孔明が臨機応変な奇策が得意でなかったからだ」と同時代の歴史家が評しています。どうやらマンガで描かれたような「罠」が得意な人では決してなかったようです。

◆ケトル VOL.37(2017年6月14日発売)

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