特別対談
末井昭×うめざわしゅん

「だから僕は、つけめんを食べるまでは自殺はしませんね(笑)」

文=井口啓子
text by Keiko Iguchi

写真=奥山智明
photo by ToMoaki Okuyama

公開=2016.2.19

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」

他人とうまく喋れる人なら、
そもそもこんな漫画描かないよね、と頷きつつ。
担当編集者も「口数が少ない」と太鼓判を押す、
うめざわしゅんの対談って大丈夫? という不安は、
相手が末井昭と聞いて、
むしろ期待と興奮へと変わった。
漫画とエッセイと表現こそ異なるが、
共に不条理に満ちた世界でもがく人々を鋭くやさしい眼差しで描く二人。
作品集『パンティストッキングのような空の下』にはじまり、自意識、自殺、聖書……と、底なしにダークで、だからこそ核心に迫る対話を、
すべての唯一者たちに捧ぐ。

「描くこと」は恥ずかしい

うめざわ 今回はコメントありがとうございました。おかげさまで重版することができました。

末井 いやいや、思ったとおり書いただけなんですけど……。おもしろかったです。

うめざわ 僕も大学生ぐらいのときに初めて『素敵なダイナマイトスキャンダル』を読みまして……、その後に『自殺』を読んで。今日もいくつか持ってきたんですけど。

末井 ああ、これは復刻版の『素敵なダイナマイトスキャンダル』ですね。

うめざわ 漫画も描かれてたんですよね。芸術的な、つげ義春さんみたいですよね。

末井 いやいや、入れるの恥ずかしかったんです。昔三年ぐらいだけ、エロ雑誌で漫画とかイラスト描いたり、レイアウトやったりしてごはんを食べてたんですよ。だから「漫画を超えた漫画」ってコメントも、言葉として陳腐かなとも思ったんだけど、自分が描いてたこともあって余計にそう思うんです。それぞれ漫画のシチュエーションも全部違うし、よくこんなことを思いつくなって。……ストーリーって、どういうふうにつくるんですか?

うめざわ バラバラなんですけど、僕の場合、わりと言葉が先行するようなところがあって。メッセージじゃないですけど「このセリフを見せたい」っていうのがまずあって、どういう状況があるとそれがいちばん映えるかなって考えていくことが多いですね。例えば、『唯一者たち』の「生まれてこないで済んだなら それが一番良かったな」とか、これを出すにはどういう人がどういう状況で言うのがいいかなって……。

「唯一者たち」/『うめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下』より
「唯一者たち」
『うめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下』より。
以下、出典明記のないイラストはすべて本書より。

末井 なるほど、ここは見開きだし文字も大きいし、見せたいって感じがしますね。

うめざわ これを描きたくて描いてるようなところはありますね。

「朝まだき」/『パンティストッキングのような空の下』より
「朝まだき」

末井 ページをめくる前に、次はこうかなって想像するんですけど、予測がつかないというか、想像しないセリフが出てきますよね。ハンバーガー屋の店員に「ボクとセックスしてください」とか、あれっ!? とか思って。あと、顔のない人が出てくる話も、いじめられてる子なのに、女の子からお金は取るわ、セックスするわで、あれあれ!? って。でも、おもしろいし……、すごい余韻が残るんですよ。

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
「渡辺くんのいる風景」

うめざわ やっぱり照れというか、恥ずかしいんですね。真面目なことをずっと描いてると、ギャグとかエロいことを入れないと、なんか恥ずかしくなっちゃう。

末井 わかります。文章でも書くことは恥ずかしいですよ。

うめざわ 恥ずかしいですね。だから、なるべく恥ずかしくないように描いてます。セックスシーンとかも、ねちこく描くと、「作者はこうしてるんじゃないか」とか思われたら恥ずかしいんで、……わざと派手に描いたり。

末井 敵はそういう自意識ですね。

うめざわ 作者が恥ずかしいと思うぐらいの方が、読者にとってはおもしろいとも聞くんですけど、僕は恥ずかしい思いをするぐらいなら、おもしろい漫画が描けなくてもいいやって思う方なんで……。

末井 ええー(笑)。

うめざわ だから、末井さんは自分のことを何でも書いちゃってて、すごいなって。

末井 いやいや。僕、自分のことばっかり描いてて、本当に最近イヤになってきちゃって……。なんか浅ましいなって。自分のことを本にしたり、売り物にするのはね。

いつでも自殺できると
思うことでラクになった

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
うめざわしゅん

うめざわ 僕の場合は、自分自身のことは漫画には描かないし、基本的には人にも喋らないんですけど……。なんか噓をついてる気分になるんですよね。

末井 それはありますね。文章でも書いてると、おもしろくしたいなんて欲があるから、多少オーバーにしちゃったり、現実とはちょっと違ってきちゃう。だから、事実を書いてるとしてもフィクションといえばフィクションだよね。そうなった方がラクだし。

うめざわ 『素敵なダイナマイトスキャンダル』のあとがきでも書かれてますよね。自分のことを書いて客観視することでラクになれたみたいな。

末井 やっぱり、母親の自殺にしても、人に言えないころはつらかったですよ。それを書くことで客観視できるんで。自分のことを書くのも、もともとろくなもんじゃないって思ってるから、みんなが笑ってくれるとラクになるんです。でも、そういうろくなもんじゃない自分がまた好きだったりして。なんか自己愛が強いんですよ。いやらしいんですよ、ホント。

うめざわ 僕も愛というのかはわかんないですけど、基本的に自分ばっかりというか、いつも自分の頭の蠅を追うことだけ考えてます。もう、それしかこの人生ではしたくないぐらいのところがあるので。

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
「パンティストッキングのような空の下」

末井 ……いつもなにを考えてるんですか?

うめざわ それはもう、いろいろあるんですけど……。生きてる限りは、起きて寝るまではいろいろしなきゃいけないっていう……。

末井 漫画にも出てきましたよね。「セックスして眠って食べて飲むだけだ」みたいな。

うめざわ ……まあ倦怠というか、メランコリーというか……。だからいつも憂鬱ではありますね。

――――― そういう憂鬱みたいなものって、生きることについて真剣に考え出したら、それこれ誰もがそうならざるを得ないようなところもあって。でも、うめざわさんの漫画は、それを超えて「みんなそうじゃない?」と、視点を変えることでちょっとだけ世界が変わるような瞬間を描いてる。そういう漫画ってありそうでなかったですよね。

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
「唯一者たち」

末井 (『唯一者たち』のルイを指して)こういう人がいるといいんだけどね……。現実にはなかなかいないよね。

うめざわ いないですね(笑)。

――――― うめざわさんがこれを書かれたとき、なにかヒントとなることはあったんですか?

うめざわ 経験から出てきたことではあって……。僕、何回か自殺寸前までいったことあるんですけど、ギリギリまで行ったときに、今できるんだったら今じゃなくてもいいかなって思ったんですよ。明日でもいいんだったら、今日しなくてもいいなって思えたことで、だいぶラクになった。なにか問題が解決したわけではないんですけど、いつでも自殺できるっていうのは、ある種の精神衛生で。今も道具は部屋に置いてあるし、お守りみたいなもんですね。

末井 ちなみに、それは何なんですか?

うめざわ ××××ですね。

末井 それは苦しまないの?

うめざわ 苦しまないみたいですね、安楽死に使われる国もあるみたいなんで。これしかないなと思って。

末井 アメリカの死刑って全身麻酔をしてから心臓を止めたりしますよね。自殺したいというのはないけど、もし死刑になるんだったらあれだったらいいかなって。……大腸検査で全身麻酔をしたのがヤミツキになっちゃって。意識がなくなるときがすごく気持ちがいいんですよ。なんか……満ち足りた感じで。

うめざわ 僕も10回ぐらいやりました。鬱病の治療で頭に電気を流すというのがあるんですけど、そのまま流すと筋肉が動いて骨が折れたりするんで……、完全に麻酔をした上で筋弛緩剤を打ってやるっていう。でも僕の場合は気持ちよさはなかったし、治療も全然効かなかったですね(笑)。(*注:電気ショックが効いたのかは不明ですが、現在は良くなっています)

エゴイズムと聖書

『一匹と九十九匹と』うめざわしゅん
うめざわしゅん
『一匹と九十九匹と』

末井 『一匹と九十九匹と』ってタイトルは聖書の言葉からですか?

うめざわ そうですね、聖書の言葉からとった福田恒存の『一匹と九十九匹』って論文があって、そこからとりました。聖書は若い頃、いろいろ乱読する中で西洋の文学を読んだりすると、だいたいキリスト教の影響があるので、聖書も読んどいた方がいいなって軽い気持ちで読んだんですけど、旧約のほうは難しくて全部は読めてないです。

末井 聖書って基本的に比喩だから、そのまま読んでもわけがわかんないんだよね。僕、いま『聖書』の話を書いてるんですけど、元々のきっかけはイエスの方舟の千石さんという人で。その人に惹かれて会いにいったりしてて、聖書も千石さんの解釈を通して読んだから、謎解きみたいな感じで読めたんですよ。例えば「命」っていうのは何を意味してるのかとか、謎解きをしながら読むとおもしろい。

うめざわ キリスト自体、比喩ばっかり使って話しますよね。

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
末井昭

末井 そうそう。で、千石さんは「イエスを生きる」ということを言ってて、要するに自分がイエスになるんですね。そのために、自分たちのエゴが自然になくなるように共同生活をして、いつも二人で行動する。だから変なカルト宗教みたいに思われるんだけど……。

うめざわ そういう意味では、僕は非常にエゴイズムが強い人間だと思ってるんです。基本的に自分のことしか考えないので。

末井 え、そう? 僕もそうだけど。エゴをなくすといっても、なかなかねえ……。

うめざわ 僕の場合、もっとエゴイストでありたいというか。いわゆるエゴイストと聞いたときに想像するような固い、自分を主張するようなのではなく、なんか蛭子(能収)さんみたいな。どんな状況下でも自分に対して忠実で、どこまでも柔軟に対応していくようなエゴイストに憧れはありますね。

末井 蛭子さんには怖いもんないよね(笑)。

あんまり先のことは考えない

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
うめざわしゅん×末井昭

末井 僕の場合、聖書を読むまでは虚無感っていうのが強かったんですね。ギャンブルとかやってると、どんどん感覚が麻痺してきちゃって、……一晩で三百万スッても何でもない感じになっちゃってて(笑)。ギャンブルやってるときだけが生きてるような感じで、なんのために生きてるのかわかんなくてね、子供とかもいなかったし、前の奥さんも嫌いじゃないんだけど、僕が浮気ばっかりして、嘘ばっかりついてね。そうするとどんどん空しくなってきて……なんか指針のようなものが欲しいって思ったときに聖書と出会って。なんでもよかったんだろうけど、聖書を超えるようなものがなかったんですね。

うめざわ 僕は虚無感は今もずっとありますし、これという指針もないんですけど……。強いていえば、あんまり先のことを考えないということですかね。今日、帰りに地元のおいしいつけ麺を食べようと思ってるんですけど、日々、それぐらい先のヴィジョンでやってる感じですね。

末井 それはすごい、尊敬しますよ。

うめざわ だから僕は、つけめんを食べるまでは自殺はしませんね(笑)。そういう感じの方がラクなんですよ。

末井 何年も先のことを思って、不安になってる人は多いですよね。うちの奥さんもそんな感じで、いまお母さんが施設に入ってるんで、そういうふうに僕が介護を必要とされるようになったら面倒みれないって。体が大きいから抱えられないって(笑)。だから足腰を鍛えろっていつも言われてます。

うめざわ そんな先のことを考えてもしょうがないというか、いろいろ考えて計画を立てても、まず思い通りにいったことがないので。考えない方がいいんじゃないかと。

末井 ちなみに今はなにか描かれてるんですか?

うめざわ 『一匹と九十九匹と』にも入ってた、小人のヤクザの話で単行本になってないのが幾つかあって。何作か足したら単行本にしてもらえそうなんで、それを描いてます。

末井 それは楽しみだな。

――――― 今日会われてみて、お互いの印象はいかがでしたか?

末井 僕はね……、なんか怖い人だと思ってたの。だから、ぱっと見て、あ、怖くない、よかったって(笑)。太田出版のサイトに載ってたのがラッパーみたいな写真だったでしょ。あとがきも難しいことを書かれてたので。難しい人かなと思ってたんだけど、……なんかやさしい人だなって。

うめざわ 僕は本で読んでいた通りの方だなと思いましたね。『素敵なダイナマイトスキャンダル』も『自殺』も、テーマは重いのに常に軽いというか、すごく飄々としててユーモアがあって。まさにこういうのを書いた方だなって。今日は末井さんに褒めてもらって嬉しかったんで、もういっぺん褒めてもらうためにがんばります(笑)。

特別対談「うめざわしゅん×末井昭」
うめざわしゅん×末井昭
うめざわしゅん

うめざわしゅん
1978年12月13日生まれ。1998年、ヤングサンデー増刊(小学館)にて読み切り「ジェラシ―」でデビュー。2006年『ユートピアズ』、2011年『一匹と九十九匹と 1』、2012年『一匹と九十九匹と 2』(すべて小学館)を刊行。
本書『うめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下』は、「このマンガがすごい!2017」オトコ編・第4位にランクイン。

末井昭

末井昭(すえいあきら)
一九四八年、岡山県生まれ。工員、キャバレーの看板描き、イラストレーターなどを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『ウィークエンドスーパー』、『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を創刊。二〇一二年に白夜書房を退社、現在はフリーで編集、執筆活動を行う。主な著書に『自殺』(朝日出版社)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(北栄社/角川文庫/ちくま文庫/復刊ドットコム)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『純粋力』(ビジネス社)、『天才アラーキーの良き時代』(編集、荒木経惟氏著、バジリコ)、『パチンコからはじまる○×△な話』(山崎一夫氏、西原理恵子氏との共著、主婦の友社)がある。平成歌謡バンド・ペーソスのテナー・サックスを担当。

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うめざわしゅん作品集成
パンティストッキングのような空の下

搬入:2015年12月10日
仕様:B6判
定価:1,540円(本体1,400円+税)
発行:太田出版

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