【対談】日本の保育はイギリスに学べ!?〔前篇〕

【対談】 日本の保育はイギリスに学べ!?〔前篇〕 トニー・ブレアの幼児教育改革について

  • 2016.05.16

――猪熊さんは、保育事故の取材を通じて、保育園の制度的な問題を指摘してこられました。また、ブレイディさんはイギリスに在住され、保育士として実際に働いていらっしゃいます。先日、猪熊さんのご案内で、世田谷区の保育園を取材しました。現在、首都圏など大都市を中心に、保育園に入りたくても入れない待機児童が問題化しています。厚生労働省の発表によると2015年度の待機児童数は2万3167人でした。おふたりには日本の保育の問題点や、またブレア政権が大改革をしたイギリスの保育についても、お話をうかがいたいと思います。

元コンビニにできる認証保育所

ブレイディ 日本の保育制度でよくわからないのが、認可保育園、認可外保育園、認証保育園など区別があるじゃないですか。この違いは何なんですか?

猪熊 イギリスと違い、日本では保育園は「認可」と「認可外」に分かれています。認可保育園は、保育士の配置人数や面積、設備などを国が定めた基準をクリアし、都道府県が認可した園で、国や地方自治体の補助金と保護者の保育料で運営されています。運営母体は、自治体が運営する公立認可、社会福祉法人が運営する私立認可、最近では民間企業が運営する私立認可保育園もあります。

 2015年4月から「子ども・子育て支援新制度」という新しい制度が導入され、それまで認可外だった「小規模保育所」や、職場内にある「事業所内保育所」なども、市区町村で認められれば「認可」扱いになっています。新制度に入っていない保育施設は認可外保育園です。認可外のなかには、地方自治体が定めた独自の基準をクリアして地方自治体から補助金を受けているところもあります。
 たとえば「東京都認証保育所」はそういった自治体が補助金を出している認可外で、2001年にできた、国の基準よりやや低い東京都独自の基準でつくられた保育施設です。A型、B型とふたつの種類があって、とくに駅のなかや駅前などにつくられているA型には、多くの民間企業が参入しています。なかにはあまり評判の良くない保育所もありますが、自治体が補助金を出しているということで、本当は認可保育所に入りたいという希望があっても、ここに入れていれば、いわゆる「待機児童」にはなりません。

 複雑な日本の保育システムは、児童福祉法にもとづき、子どもの福祉のためにつくられたものでありながら、現在は親の就労支援がメインになっているというズレにも由来していると思います。児童福祉法24条では、子どもが保育園に入りたいときには自治体がその子どもを保育しなければならないという「自治体による保育の実施義務」が定められていますが、実際には保育園に入れない待機児童が大勢いるわけで、この法律はほとんど守られていません。また、「子どもの権利」としての保育をおこなう法的な裏付けがないことも、待機児童がなくならない理由のひとつです。
 現在、待機児童問題が日に日に大きくなっていますが、政府が出して来た対応策はさらなる規制緩和です。待機児童が多い地域では、いまでもすでに定員の25%上乗せで子どもを預かっている状態で、どこの保育園もパンパンの状態。私は長らく保育園での死亡事故の取材をしてきましたが、その多くは劣悪な保育体制が原因です。国の最低基準は「最低の最低」で、ギリギリの保育しかできない状況にある園もたくさんあります。待機児童問題は、保育制度のゆがみのあらわれですので、制度がきちんと整備されない限り、ますます規制緩和が導入されて、さらに保育の質が低下するんじゃないかと恐れています。いっぽうで、幼い子どもを持つ親たちは、正社員なら長時間労働を強いられ、非正規なら収入が低くなり、決して良いとはいえない環境であっても、子どもを預けて働かざるをえない社会的な状況に置かれています。

『死を招いた保育―ルポルタージュ上尾保育所事件の真相』
猪熊弘子
『死を招いた保育―ルポルタージュ上尾保育所事件の真相』
ひとなる書房、2011年

ブレイディ いま久しぶりに東京に滞在しているんですが、雑居ビルの1階にある保育所を見かけて驚きました。庭もない、本当にビルの一室。近所の方に聞くと、夏は入り口の狭いスペースでプールを張って水浴びさせていたりするらしい。周りの目や犯罪の危険もあるのに……。

猪熊 都内では典型的なスタイルの東京都認証保育園ですね。都市部に保育園をつくろうというものなので、最近では、コンビニの転用も多いです。この写真は元コンビニの店舗跡にできた保育園なんですが、目の前の道路が交通量の多い道路なんですよ。

ブレイディ ああ、こんな感じでした。しかし、こういうのは、イギリスではありえないですね。イギリスの小さな保育園は基本的には一軒家です。なかには民家を2軒借りて、家と家とのあいだを子どもを遊ばせる中庭にしたりしていて、もっと家庭的な感じです。

猪熊 この保育園ができたときに、近隣のひとがすごく怒っていたんです。理由を聞いたら、ここはコンビニになる前は酒屋さんだったんですが、店に車が突っ込む事故が2回起きたというんです。それでご主人が体調を崩されてコンビニにしたという経緯があるのに、ここに保育園ができるなんてありえないっていうわけです。

ブレイディ ええ!

猪熊 この保育園のなかを見せていただいたことがあるんです。元コンビニだから天井は低くて、蛍光灯。しかもすごく狭いワンフロアに0歳児から5歳児まで30人近くもいる。0歳児を寝かせている場所は簡単な衝立で仕切られているだけで、その近くで大きな子たちを遊ばせていたりして、とても危ないんです。

ブレイディ 子どもにとっても危ないし、保育士さんも働くのに神経を使いますよね。

猪熊 ええ、先生たちも大変だと思います。道路に面した元コンビニだから、外には子どもが遊べるスペースがないので、その車が突っ込んだという道路に面した入り口のところに、夏はプールをつくって水浴びをさせています。近くの公立保育園の先生たちが見かねて、「園のプールを使ってください」と申し出ても、企業保育園なので本部の許可がいるとかいって絶対に来ないといっていました。こないだはそこで、シャボン玉遊びをしていましたよ。子どもたちがギュッと固まって……。
 認可保育園に入れなくて待機児童になると、こういうところでも預けざるをえなくなってしまう。同じ地域、同じ年齢の子どもなのに、格差がひどすぎるんです。元コンビニは狭いので、小規模の認証保育園にしか転用できないのですが、なかには水回りの良い元ファミレスを認可保育園に転用しようとしている自治体もあります。いまの待機児童対策は、規制緩和や施設の転用での対応ばかりで「子どものために良い施設を」という発想がないんですね。

日本の保育は性善説

猪熊 認証保育園以外にも、認可外の保育施設はいろいろとあります。たとえば今回取材したなかでは、私立つくし保育園(世田谷保育室)ですね。

ブレイディ つくし保育園は温かみがあるいい保育園でしたよね。取材したときも手づくりのクッキーをおやつとして出していましたし。

猪熊 これは世田谷区独自の「世田谷保育室」という施設です。保育室はもともと東京都が助成金を出していた制度で、0歳児から2歳児のための小さな保育施設でした。その後、東京都が認証保育園という制度を始めて、保育室を認証保育園B型に移していきました。そのなかで、世田谷区では区が助成金を出すかたちで「保育室」を残したのです。区民の意見が聞き入れられる世田谷区ならではです。

ブレイディ その日本の保育制度が不思議ですよね。イギリスの保育制度は、いわゆる国からの認可を受けていない保育サービスはひとつもないんですね。オフステッド(OFSTED  Office for Standards in Education)と呼ばれる教育監査機関に、すべての保育園や学校や、自宅で子どもを預かるチャイルドマインダーという職業の方も全員登録しなければいけないんですよ。

猪熊 イギリスでは1980年代に、チャイルドマインダーが預かった子どもが亡くなる事故や事件が起こったので、1日2時間以上子どもを預かるひとは全員登録を義務付けられた、と聞いています。

ブレイディ そうですね。イギリスではオフステッドに登録していない団体や個人が子どもを預かると、「犯罪」なんですね。罰金を科されたり、場合によっては刑務所にも送られます。だから、日本で認可外の保育サービスが存在しているのが、不思議なんですよね。「認可外」といういい方がそもそも変じゃないですか。認可外の保育園は保育士資格を持っていないひとでも面倒見られるんですか?

『アナキズム・イン・ザ・UK――壊れた英国とパンク保育士奮闘記』
ブレイディみかこ
『アナキズム・イン・ザ・UK――壊れた英国とパンク保育士奮闘記』
Pヴァイン、 2013年

猪熊 認可外保育園であれば、可能です。認可保育園では、保育にたずさわるすべての職員が保育士資格を持っていなければなりませんが、それも最近では、保育士資格がないひとでも子どもを見ることができるように、規制緩和されつつあります。
 たとえば2015年度から「小規模保育所」という自治体が認可する保育園ができました。これはA型、B型、C型に分かれているんですが、A型は100%保育士、B型は2分の1以上、C型は保育士がいなくていいと規定されている。ようするに保育士資格を持たない保育園が制度的にできる可能性があります。

 また、保育士が足りないということもあり、保育士資格を持たないひとでも都道府県でおこなわれる研修を受けて子どもに関わる仕事ができる「子育て支援員」という制度も始まっています。小規模保育所などの地域型保育事業や、学童保育などはこの「子育て支援員」の研修を受ければ働くことができるようになっています。

ブレイディ イギリスの保育園はいわばすべて認可されているので、国が決めた法的なフレームワークに従わないといけないんです。だから、世話をするひとはすべて保育士資格を持っています。イギリスの保育施設で資格を持たないひとは、保育士になるためにアプレンティスシップ(Apprenticeship)という研修制度で働いている若い子たちだけです。
 あと、イギリスは保育園で子どもに接するすべての人間は、DBS(Disclosure and Barring Service)というポリスチェックを受けなくてはいけない。私たち保育士もそうだし、ボランティアに来るお母さんたちも犯罪歴があるかどうかチェックされるんです。保育士による幼児への性的虐待が何度も起きてセンセーショナルに大騒ぎされたので、とても厳しくなっています。

猪熊 取材中にブレイディさんが「保育士資格がないひとを採用されるときは、どういうチェックをするんでしょうか?」と何度も質問していましたね。そうしたら、「作文と面接」って答えていらっしゃいました。ブレイディさんはそこにすごい引っかかっていたんですが、現場の先生は「え、それ以上何か必要ですか?」って感じでしたよね。

ブレイディ そうそう(笑)。聞きたいのはそういうことじゃなかった。イギリスは私みたいな移民の保育士が多いんですが、かつて住んでいた国にまで問い合わせて犯罪歴を調べています。日本にポリスチェックがないのは事件が起きてないからなんですか?

猪熊 保育園児に対する性的虐待は毎年1、2件ニュースになります。それも氷山の一角でしょうから、実際はもっとあると思います。
 日本のチェックシステムがゆるいのは、「性善説」にもとづいて保育システムをつくっているからです。子どもに関わるひとは子ども好きでいいひとばかり、というおかしな前提がある。いっぽうで、そのゆるいシステムに気付いてお金儲けのために入ってきているようなところも出てきています。
 その意味でイギリスのオフスッドが素晴らしいと思うのは、保育園に厳しい監査をした上で、その監査結果をすべて情報公開していることです。

ブレイディ オフステッドは保育園や学校に監査が来ます。保育施設の監査では「子どもたちの幅広いニーズを満たしているか」「子どもたちの健康と安全に貢献しているか」「幹部・運営側は有効にEYFS〔国が定めた法的フレームワークと教育カリキュラム〕を実践しているか」の3分野について4段階の評価をされ、それを総合した評価が最終的なその保育施設の「クオリティ&スタンダード」として示されます。「OUTSTANDING(優)」 「GOOD(良)」 「REQUIRES IMPROVEMENT(改良の必要あり)」 「INADEQUATE(不可)」の4段階で評価され、「不可」の結果が出た場合にはOFSTED側がその分野の改善案を出し、いつまでに改善するようにという期日を示す。あまりにもひどいと見なされた場合にはすぐに認可を取り上げられるケースもあります。その結果もウェブサイトに公開されているので、親たちはそれを見て、どの保育園に行かせるか、調べるんですよ。

猪熊 日本では、死亡事故を起こした保育施設でも、子どもを1人で見ていたような劣悪なところなのに、ほかに証人がいないからと裁判でも子どもを亡くした親が負けて、和解させられてしまうことが多いんです。ひどいですよね。
 そしてどうしようもないところほど、裁判の和解条項に、「今後、うちの園について話さない」「名前を出さない」といった条項を入れてきます。そういうところはお金を出して事故に関するインターネットの記事も全部消してしまい、検索してもわからないようにしてしまう。事故を起こした業者は、名前を変えてまた新しい保育施設を始めます。過去に3人もの子どもを死なせる事故を起こしているのに、何喰わぬ顔で経営していたところもあります。

ブレイディ イギリスは制度的に認可外がないし、3度も死亡事故なんて起こしてしまったら、保育園として運営できなくなるはずです。

猪熊 認可外保育園にもいい施設も多いですし、運営されている方のなかには、国の福祉が及ばないところで保育をやってきたという自負を持っている方がたくさんいます。それはたしかに素晴らしいことだと思うんですが、保育園としての社会的な使命をより果たすためにも、積極的に認可保育園になるべきだと思うんです。
 認可外保育施設で保育士資格がないひとが働いていたり、保育事故が多いのは事実ですから。2015年に発表された厚労省の報告書では、2004年から2014年の間に報告があった、保育中の事故で亡くなった子どもは全部で163人いました。そのうち認可保育所が50人、認可外が113人なんです。認可外保育施設に通っている子どもは認可保育園の約10分の1しかいないのに、事故の件数は2倍。その数字を見れば、おのずと認可外保育施設の「質」を危惧する声も理解できると思います。(「保育所での子供事故死、「認可外」施設が7割 04~14年163人」

著者プロフィール(ブレイディみかこ猪熊弘子

猪熊弘子 ジャーナリスト、東京都市大学客員准教授。著作に『「子育て」という政治』(角川SSC新書)『死を招いた保育』(ひとなる書房)、『命を預かる保育者の子どもを守る防災BOOK』(学研教育出版)、『なんで子供を殺すの?』(講談社)など。翻訳書に『ムハマド・ユヌス自伝』『貧困のない世界を創る』(いずれも早川書房)などがある。

ブレイディみかこ 1991年よりイギリス・ブライトンに在住。保育士、ライター。著作に『花の命はノー・フューチャー』(碧天舎)、『アナキズム・イン・ザUK』『ザ・レフト――UK左翼セレブ列伝』(いずれもPヴァイン)。Yahooニュース!の連載などをまとめた『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)を6月に予定。ほか月刊『みすず』で「子どもたちの階級闘争」を連載。

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