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*「ぽこぽこ」公開当時の記事を再掲載しました。

人外漫画ブームの中心的な作品のひとつ、『セントールの悩み』。 ケンタウロスの女子高生が営む日常生活を切り取った作品は 風変わりな設定ながらも、多くの読者を獲得することに成功した。 その著者である村山慶の第2作目となる『きのこ人間の結婚』が先日完結、 単行本として刊行された。 「きのこ人間」という、やはり人外な生物をモチーフに、 封建制度の強い架空の惑星で、階級差を超えて結ばれた主人公が、 さらわれた妻を取り返しに行く冒険譚である。 村山慶が描く世界はファンタジックでありながら不思議とリアリティがある。 『きのこ人間の結婚』がいかにして作り上げられたのか、 村山流創作術から幼少期に影響を受けたものまで、1万字のロングインタビュー!

『きのこ人間』の
モデルは『フラックス』

結婚式での誓いのキス。きゃっ?

―― 最初に主人公のアリエラとエリエラを見たとき、両方女の子なのかと思っていたんですけど、読み進めていくうちに、そもそもそういう性差がないことに気づかされますよね。

村山 そう。性とか、そういう概念が「ない」。そういう概念がない社会がどういうものかっていう話を考えていったんですね。とはいえ1巻本なので、惑星の設定とかは割と、実現しやすいような舞台設定を作ったっていうのはあります。ひとつ、参考にした話っていうのが『フラックス』(スティーヴン・バクスター著)っていう小説で、アイデアの元というかモデルになっているのは確かですね。

―― 『フラックス』について教えていただけますか?

村山 それほど質量の大きくない恒星が爆発すると、太陽程度の質量を持ちながら直径が20キロ程度しかない超高密度の天体、中性子星ができます。そこで暮らしてる知性体の話ですね。人間だと電磁波(の特定波長域)を光として見ています。そして空気の振動波を音として捉えるわけなのですが、中性子星に住む体長10ミクロン程の人は光子を匂い、音を光として感じている。そういう「物理的な条件が違う中で人間社会があったらどうなるだろう」っていうのを考えた小説ですね。そういうのをモデルに、「菌類が人間の形をしていたらどういう社会を営むだろう」ってのを考えたんです。

―― きのこ人間たちの造形はどのように作り上げて行ったんですか?

村山 きのこの「ひだ」「カサ」の部分を頭に乗っけるか、スカートにするか、迷ったのはそれだけですね(笑)。


『きのこ人間の結婚』初期のキャララフより。アリアラがボーイッシュです。

―― 確かに、頭にいくっていう手段もありますね。

村山 それだと角度によって表情が見えないんですよね。それで似たように見えてしまうので、頭にするというのはなかったです。腰にしておけば、髪型で分けられるのと、表情が見えるっていう利点がありますから。人間って一番認識できるのは顔とか頭ですからね。

―― 男か女かわからないような肉付きにもこだわりを感じるのですが。 

村山 それは割と意図的に作っていますね。そういうセクシャリズムはきのこ人間の世界にはないので。すごくセクシーにして惹きつけるみたいのは、雌雄のある世界じゃないとありえないので。

―― そういうセクシャリズムのないきのこ人間の世界において、互いに恋愛感情を持っているアリエラとエリエラの二人は非常に特殊なきのこ人間ですよね。

村山 この世界の設定として、部族という単位で暮らしていて、あまり外部の人と出会わないというのがあるので、そういう外部の人に惹かれるというのはあると思う。その点、二人には何らかの接点があった。いろんなところをめぐる機会が多いのは書記とか役人とかの類なんですが、こういう人たちは気位が高いから、自分より下に生きる人たちとは交わらないっていうのがあったんですけど、エリエラだけは特別で、そういう視点があまりない、というところが特殊ですね。

―― 階級がハッキリしている世界ですよね。

村山 階級っていうか、役割ですね。古代の、儒教の世界によく似ています。

―― このお話では、階級が上に行けば行くほど性格がねじ曲がっていたり小狡い人が多いように思いました。


初期のラフその2。女王(左)と代官(右)。

村山 そりゃあ実際そうだからでしょうね(笑)。

―― なるほど。ところでこのきのこ人間の世界を作った存在っていうのはいるんですか?

村山 まあ、人間ですよね。人類です。きのこ人間のデザインとかも人類が自分たちをモデルにして作ってると思うんです。動物とかも作ってみたけど、うまく行かなかった、というのも設定としてあります。だから動物はちょろっと残ってるんだけども、主要な生態系にはなっていない。

―― ということは、人類がこの世界をどこかから見ているんですか?

村山 もういないんですよ。だからどんどん崩れていってる。最初はきちっとして、うまく円滑にいくように作られていたものが、ほころびが見え始めている世界。

―― 何百年、何万年も経っているというような感じなんですね。


〈プロフィール〉

村山慶

2011年、「COMICリュウ」(徳間書店)誌にて、ケンタウロスの女子高生の日常を描いた『セントールの悩み』でデビュー。同作の単行本第9巻発売中。
Twitter:@hitonome