【対談】上野千鶴子(社会学者)×福田和香子、奥田愛基、牛田悦正(SEALDs) 対話

【対談】 上野千鶴子(社会学者)×福田和香子、奥田愛基、牛田悦正(SEALDs) 対話

  • 2016.07.08
  • 対談日:2016年2月5日@太田出版 text:磯部涼 photo:江森康之 editorial:北尾修一

「上野千鶴子×SEALDs 対話」SEALDs・牛田悦正さんと奥田愛基さん
SEALDs『日本×香港×台湾 若者はあきらめない』
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奥田愛基『クイック・ジャパン vol.124』
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〝お母さん〟問題

――ここで、上野さんとSEALDsが対談する上で、避けて通れない議題を取り上げたいのですが。上野さんは、昨年の夏、SEALDsのメンバーである芝田万奈さんが国会前で行ったスピーチの、「私は帰ったらご飯をつくって待ってくれているお母さんがいて、仕送りしてくれたおじいちゃんおばあちゃんに『ありがとう』って電話して、好きな人に教えてもらった曲を聞きながら帰る。この日常を平和と呼びたい」という箇所を巡って、ネットで巻き起こった議論に、社会運動における性差別という観点から参加されましたよね(togetter「上野千鶴子先生による社会運動と性差別」 http://togetter.com/li/865579 参照)。

上野 Twitterには書いてないんだけど、あのスピーチに関して、私の最初の印象はどんなものだったかっていうと、あれは完全に子供目線なのよね。「家に帰ったら食事が出来ている、その日常を守りたい」って、男女を問わず、子供の言い分。そこで食事をつくるのがお父さんじゃなくてお母さんだっていうのは単なる現実の反映なので、是非を問うても意味のないことで。
 それよりも私が気になったのは、そのことに批判的な言及をした女性のブログが猛バッシングを受けたこと。で、〝お母さん〟というものを問題にすると、おっさんたちがこんなに反応するのかっていうことにびっくり仰天したのね。そうか、〝お母さん〟って、男にとって絶対侵されちゃ困る聖域なんだって。
 私はスピーチをした本人を責めたわけじゃないけれども、「お母さんがご飯をつくって待ってくれている日常を平和と呼びたい」と言った時に、「お母さんの言い分だってあるでしょう」っていうことをずっと問うてきたのがフェミニズムだから。そして、「それぐらいの想像力を持ったっていいよね」と言ったひとを叩くということに驚いて、ちょっと介入したわけです。

――芝田さんのスピーチそのものよりも、それに対する批判を含む北村紗衣さんのブログのエントリー( http://d.hatena.ne.jp/saebou/20150725/p1 )を巡って、ツイッター上で展開された批判について思うところがあったと。

上野 そう。

奥田 そこまで行くと、別に僕らがバッシングしたわけでもないので言えることもないんですが(笑)。ちなみに、去年の夏は、スピーチの読み合わせっていうものをやってたんですね。

上野 ああ、そうなの。事前に?

奥田 事前に。それは、細かい事実関係が間違っていたり、言葉遣いが悪かったりしたら、例え全体的に良いことを言ってたとしても揚げ足を取られてしまうんで、チェックして、直せるところは直して。で、その芝田さんのスピーチの時はスルーしてしまったんですけど、その後、もう1回、お母さんかおばあちゃんかがご飯をつくってくれたみたいな話を書いてきたひとがいて。それを読んで、「〝家族〟にしときましょう」と。

上野 学習したんだ(笑)。

奥田 「〝家族〟でも事実なんだから、そう変えてもいいっすか?」って訊いたら、本人も「いいよ」って言ったんで変えたんです。なので、SEALDsが、上野さんがおっしゃったことついてどう思っているかというと、やっぱり、考えなければいけないと。でも、個人的には、一連の議論ではスピーチの一部だけが切り取られて、本当に伝えたかったことが取り上げられなかったのは、正直、残念だなって思うけど。一方、芝田さん本人が、北村さんや上野さんの意見について訊かれて、なんてコメントしたかっていうと、「日本の社会運動においても、女性の立場は良くないので、やっぱり、言うべきことは言った方が良い」「女性が尊重されてない社会の中で闘ってる人たちがいるということを、私は頼もしく思います」って。

上野 大人だねえ。

牛田 さすが(笑)。

奥田 「喧嘩になるかなぁ」と思ったら(笑)。

上野 繰り返しになるけど、私は芝田さんを批判したわけではなくて、〝お母さん〟に対する反応に反応したのね。日本のフェミ(ニズム)運動の中では〝お母さん〟っていう言葉は、取り扱い注意の用語。それは、〝お母さん〟が、男にとっては聖域であり、女にとっては利用可能な資源であると同時に、抑圧の根源だから。
 今だから明かすけど……3.11の原発事故の時に、ものすごく悔いたのね。なぜかっていうと、私、80年代に反原発運動をやってた人たちと袂を分かったの。あの当時、集会という集会で、女に向かって言われる言葉が〝お母さん〟。私は子無し女だし、「じゃあ、私はここにいちゃいかんのか」って思うじゃない。
 もうひとつ反発を感じたのは、女たちはそういうところに、「子供のために」と言って出てくるのよ。それで、私は「子供を口実にしないとあんたは家から出られないのか。自分がやりたいことも出来ないのか。子供をダシにするな」って思ったわけ。〝お母さん〟って言葉はそのぐらい強力で、かつ抑圧的な言葉ね。
 その当時、私は自分の周囲に原発のリスクに対して警告を発していた人たちがいて、その人たちが言ってることを全部知っていたのに、袂を分かったの。要するに、小異を立てて大同を捨てたわけ。
 それで、私は、3.11の原発事故に対して「知らなかった、騙された」っていう言い訳が自分に出来ないの。知ってたのに何もしなかったっていう、ものすごい痛恨の思いがあってね。3.11で超反省したわけ。「反省した」って言ったら、「反省なら猿でも出来る」って言われたけど、「猿でも反省しないよりした方がマシだ」って言い返して、デモに行った。それが私の40年ぶりのデモ体験なのよ。
 この話を思い出させてくれてありがとう。だから、〝お母さん〟っていう言葉がそれぐらい取り扱い注意なものだっていうことについて、男ももっとセンシティヴになってもらわないと。そんなに、気軽に使ってもらっちゃ困るのよ、ホントに。「そんなに気を遣わなきゃいけないのかよ」って思うかもしれないけど、気を遣うのは、遣わないよりははるかによいことだから、遣えばいいと思う。

牛田 それは凄く大事なことですね。

孤立してしまえば、孤独ではない

上野 じゃあ、皆さんの家庭についても聞きたいんだけど。和香子さんのインタビュー(『SWITCH』2016年2月号)によると、普段から政治について話題にするようなご家庭だったとか。でも、家庭文化っていろいろあるじゃない。テレビのニュースを観ながら、「アベどうなってんだ!」っていうようなことを日常的に喋り合うところもあれば、バラエティ番組しか観ないで、ベッキーがどうのこうのしか言わないところもあるかもしれない。で、どっちかというと、後者の方が多いわけ?

奥田 うーん、一般的にはそう言われてるんじゃないですかね。

牛田 SEALDsのメンバーでも、自分だけが政治に興味があって、家では政治の話はまったく出来ないっていうひとがいますね。

奥田 もっと露骨に「デモに行くな」とかもある。

牛田 それは、お父さんが自衛官っていう。まぁ、特殊な例ですね。

上野 家庭では今まで政治について話してこなかったけど、この機会に話してみたら盛り上がったみたいなことも聞いたけど。

牛田 そういうパターンもたくさんあると思います。

奥田 ただ、全部が全部、反応が良いっていうわけでもないし。

――一方で、福田さんは、学校では「政治はタブー」という同調圧力を感じたというようなことも話していましたよね。

福田 本当に個人的な話だけど、私は学校でよく使われる〝みんな〟という言葉を聞くと、そこには〝わたし〟は含まれてないと感じたというか、〝みんな〟と〝わたし〟という区分をしてて。
 例えば、みんなが家で話してることを、うちの家では話さないし。芸能人の話とかちっとも出てこない。でも、私としては、むしろ、家で喋ってるような話題をクールだと感じてたから、共有したいと思って、学校でも話題に出したら、誰もついて来なくて(笑)。超仲良くしてて、ホントに10年の付き合いですみたいな女の子とかも、「なんかよく分かんない。ていうか、彼氏がね~」みたいな感じになって、「あれ?」って。で、あんまりこういうこと言ってると学校でいじめられるんじゃないか、それはちょっと面倒だな、言わないほうが良いんだと思って、言わなくなるんだけど。
 そのあと、SASPLの時に、特定秘密保護法に関して、これはさすがにヤバいから問題をシェアしなきゃいけないって焦ったのね。みんなも焦ってると思ってたし。でも、言ったら、やっぱり伝わらなくて。「そういう話はしないっていうか、面倒臭いし、分かんないし、おまえがそんな女だと思ってなかった」とか言われて、「うーん……」って。それが、SEALDsになってテレビに出たりしてからは、「あっ、テレビにも出るような感じで、ヤバいもんじゃないんだ」って感じでまた近寄ってきて。

奥田 (笑)。

福田 ただ、根本は変わってないっていうか、結局、みんなが良いと言ってるから、マスメディアが取り上げてるから安心してるだけで……。

――空気を読んでいるのは変わらないんだけど、空気自体が変わった?

福田 そうそう! 結局、みんな空気読んでるっていう。今の自分には、空気読まないと弾かれるなんて怖れてる暇はないんだけど。というか、もう弾かれちゃってるし。実際に孤立したら、それはもう孤独ではないっていうか。でも、昔、私が思ってたような、仲間外れにされるのが恐いってことを、ずっと思い続けてるひとっていっぱいいるんだなって。それは、友達もそうだし、ご近所さんとかいい年した大人もそうだし。だから、SEALDsも、こういう風にメディアを上手く扱うことが出来なかったら、たぶん、状況を変えることは出来なかった。今でも、みんな、「ちょっとそういう政治とか分かんないし……」って言ってたと思う。

上野 なるほどね。私は東大生を教えてきたんだけど、提出されたレポートを読むと、私を怒らせないように、もっともらしいことばっかり書いてあるのね。こいつら、小林よしのりの授業を受ければ、きっと今度はそっちに受けるようなことを書くんだなと思って。官僚になればなったで、ちゃんと官僚の組織文化に適応するんだろうね。恐ろしく適応力の高い人間が、今いる場の空気を読んでやってるってだけの話なんだろうなって、レポートを読みながらムカついてしょうがなかったの。となるとさ、民主主義っていうのがSEALDsのキーワードだけど、あなたたちを育てている家庭文化や学校文化が、まるっきり民主的じゃないんだね。

奥田 どういうことですか?

上野 だってさ、私が情けない思いがするのは、今、教師がすごく管理されていて、「職員会議は意思決定の場ではない」って、教師の自由な発言が抑制されてる。そんなところで、子供が自由に伸び伸び育つわけないじゃない、と思うけどね。

奥田 なるほど。

上野 何か大きなものに管理されると、方向を問わずそちらに同調していく傾向があるでしょう。

ーー福田さんにとっては家庭がある種、世間の同調圧力から逃れるシェルターのように機能していたということでしょうか?

福田 うちの父親はあんまり家にいないんだけど、いる時は「9.11がどう」とか、3.11の後だと「原発がどう」とか。あとは、「君が代を無理矢理歌わせるのがいかに下らないか」みたいな話をする人で。私は「世の中のお父さんってみんなこうなんだろう」と思ってて。でも、友達の家にご飯を食べにいったら、友達のお父さんはAKBの話をしてる。メンバーの名前が言える。それに、「あれ?」と思って。親が話さないことは話しちゃいけないと子供は思うわけ。そもそも、私たち親の世代って、デモのない時代に育った世代でしょう。

上野 そうね。

福田 そういう風に育ってきてるから、もうある程度はしょうがないなと。だから、今は言うことを聞かなきゃいいんじゃんと思ってる(笑)。うちらが新しい社会のスタイルをクリエイトしていけばいい。そういう世代の言うことを聞いてたらうちらは変われないから、「切り離してもいいですか?」みたいに思ってるんだけど。でも、カンパニーにいる人たちとか、政治をやってる人たちとか、今の社会を動かしてるのはそういう世代で。で、学校もそうだし、そういう人たちにdominanceされてるような教育現場なんて期待が持てないどころか怖いと思うし、自分の子供とか絶対行かせたくない。

上野 ホントだね。自分の子供を日本の教育から避難させたいと思うのも無理はないよね。

福田 そもそも、日本で子供、絶対、産みたくないし。

上野 私の友人で国際結婚をした人たちは、「ここで子供に教育を受けさせたくない」と言って、イギリスとかドイツとかに連れて行った。

福田 だから、やっぱり、うちの家庭はちょっと変わってたのかもしれないけど、基本的には世間体が全てだし、SEALDsも世間体に乗れたからこそ、受け入れられたわけで。もちろん、安保法制も問題だし、憲法を守ることも大事。ただ、それは今回のトピックであって、その根底にある、「世間体は大切だよね」「村八分は嫌だよね」みたいなスタンスこそがいちばん気持ち悪いと思う。

著者プロフィール(SEALDs上野千鶴子

上野千鶴子
1948年、富山県生まれ。社会学者。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。

福田和香子(SEALDs)
A feminist / future writer / that one weird girl from SEALDs / burger enthusiast.

奥田愛基(SEALDs)
1992年、福岡県生まれ。SEALDs創設メンバーのひとり。一般社団法人〈ReDEMOS〉代表理事。

牛田悦正(SEALDs)
1992年、東京都生まれ。SEALDs創設メンバーのひとり。ラッパー。

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