連載

第2回
2018.8.29

未来の宗教はどうなるのか? これから世界はどうなるのか?

2017年10月4日、LOFT9 Shibuyaにて

イスラームは
日本だと神道に近い

―――つまり、イスラームが増えたり、力を持ったりしているのは、もともとイスラームが持っているシステムのおかげということですか。

中田 そういうことです。今のは宗教学者の視点からの話です。けれども、イスラーム教徒という視点からすると、そもそもいま世界でイスラーム教徒と称ばれている人たちが、本当にイスラーム教徒なのかという点は非常に疑問です。例えば日本の話だと分かりやすいと思うのですが、日本の『宗教年鑑』を見ると神道の信者と仏教徒を合わせると1億8000万ぐらいいるそうです。つまり、ほとんどの人間が仏教か神道のどちらか、あるいは両方の信者になっているわけことになります。では、その中で模範的な信者であるといえる人がどれだけいるでしょう。それはイスラームも同じです。皆さんから見るとイスラーム教徒に見えるかもしれませんけれども、イスラームの教学を勉強した私から見て、その人たちはイスラーム教徒といえるかというと、少なくともまともなイスラーム教徒ではない。

ただしイスラームには、イスラーム教徒かどうかを判定する立場の人間はいません。それは神だけしか知らないということになっています。ですから「こいつはイスラーム教徒ではない」とは言えないのですが、少なくとも、中学高佼の倫理や世界史の教科書に載っているイスラームの六信五行というイスラームの規範に照らし合わせても、それすらやっていない人たちが大半です。今、イスラーム教徒といわれる人たちは世界で10億人ぐらいいるのですが、私から見ると99.99%ぐらいはまともなイスラーム教徒ではない。

島田 「宗教を信じている」というのは一体どういうことなのかという問題がそこにあると思います。たとえば、仏教には戒律があります。一番基本的な五戒では、酒を飲んではいけないとか、いかがわしいことしてはいけないとか、人を殺してはいけないというのがあります。ではそれを守っている人が信者なのか。逆に守っていなかったらその人は信者じゃないのか。そこら辺の基準というのが、どの宗教においても難しい。

しかもイスラームの場合、一番難しいのは組織というものがないことです。この点はイスラーム学者の人もあまり説明しません。たとえばキリスト教徒は教会に属していて、そこには教会委員会というのがあってメンバーがはっきりしています。お寺だったら檀家があります。でも、イスラームのモスクにはそういう仕組みがない。イスラーム教徒がモスクに属するという形がないんです。だから、イスラーム教徒の名簿は世の中には存在しません。誰がイスラーム教徒なのか誰も把握していない。モスクに行っている人なら、ああイスラーム教徒なのかな、とわかりますが、モスクにも行かないで家で一日5回礼拝をしているだけだと、だれもその人がイスラーム教徒だと分かりません。神は把握しているのですが、神がどう考えているかは直接問いただせない。

その意味で、今までの宗教の基準にイスラームは当てはまらないんです。宗教学はヨーロッパで出来たのでキリスト教がベースにあります。キリスト教に当てはまるものが宗教だと考えている。たまたま日本の仏教は高度な教義や哲学があり、組織としても進んでいるのでキリスト教と比較しやすいんです。そのため日本では仏教とキリスト教を元にして宗教を論じてきたのですが、イスラームが入ってくるとそれが全部崩れてしまう。組織のない宗教なんてとらえどころがない。だから理解出来ないというふうになっていしまう。イスラームを宗教の枠に入れて、あらためて「宗教って何?」と聞かれると、宗教学者として非常に困ってしまうんです。

中田 そうなんですね。ヨーロッパと日本が実は非常に特殊で、宗教だけじゃなくて社会構造や組織原理自体もたまたま似ているんです。宗教に限っていえば、今、島田先生がおっしゃったように日本には檀家制度があって一人の人間は必ずどこかのお寺に所属するというシステムがある。カトリックもそうです。日本の戸籍みたいに教会籍というのがあって一人が一つしか入れない。ですからそれを全部合わせると総人口が分かるんです。

日本も明治までは全体の戸籍がなかったので、お寺がそれを管理していました。それを全部合わせると信者数がわかる。そういうシステムは実はヨーロッパと日本だけでした。イスラームだけでなくヒンドゥー教世界でも分かりません。信者を統括している教会もなければ教祖もいない。儒教や道教も分からない。だからイスラームが特殊だというよりも、むしろキリスト教が特殊なんです。その特殊なキリスト教と日本の仏教のシステムがたまたま似ていた。日本は、基本的には宗教に限らず学問は全てヨーロッパから入っています。そのヨーロッパのシステムに似たものが自分たちにもあったので、これが世界基準だと思ってしまった。そのために世界が見えなくなってしまった。そうとらえるのが正しいんです。

島田 この前アメリカ生まれのサイエントロジーという新宗教の会合に呼ばれて行ってきました。トム・クルーズが入っているので有名なのですが、東京の大久保に日本本部があります。オウムなどに似て修行するにつれてステージが上がっていくというシステムになっていて、日本で一番上のステージにいるという人のパフォーマンスというか礼拝を見ました。ところが面白いことに、その人が立正佼成会の信者でもあるんです。サイエントロジーは日本ではまだ宗教法人ではないので、2つの宗教法人に入っているというわけではないのですが、立正佼成会の信者でありながらサイエントロジーの信者でもある。やっぱり宗教ですから。2つの宗教に同時に入っている。そういう人がいるんです。

中田 そのサイエントロジーは自分たちは宗教だと言っているわけですか?

島田 言っています。でも多分、日本では宗教法人にはなれないと思いますね。立派なビルがあって、1階で教祖の本を売っているのですが、みんなお金が絡んでいるので、文化庁の役人が見たらこれを宗教とみなすのはむずかしいかもしれないですね。現にアメリカやヨーロッパではカルト扱いされています。それでも日本では入門団体の人が大体5万人ぐらいいるということです。熱心な人は1000人ぐらいと言っていましたけれど。まあそんな規模ですね。

宗教団体って意外とそんなに大きくないんです。最近創価学会の会員数を改めて計算してみたんです。大阪商業大学が毎年行っている意識調査の中に「あなたはどの宗教を信じていますか?」というのが出てくるんですが、そこに創価学会や天理教や真光や真如苑なども入っている。それによると創価学会の会員数は大体4500位のサンプルでコンスタントに2.2%か2.1%となっています。2.2%だと大体280万人。これを今後は私は創価学会の会員数として使おうと思っています。

その他の教団になると0.1%とかそのぐらいの数なので、10万とか20万ぐらいのレベルです。幸福の科学も信者数1000万と言っていますが、実際は10万いるかいないかというようなところでしょう。

中田 まあ、そうですね。イスラームは先生がおっしゃったように教団がないので、信者数ははっきりわかりません。「どの宗教を信じているか」という質問は日本だとなんの違和感もありませんが、イスラーム世界では信じるものは神であって、宗教ではありません。ですからそもそも質問になっていないんです。イスラーム世界でも、たとえば社会団体のムスリム同胞団とか、スーフィー教団に属しているというアイデンティティはありますが、イスラームという宗教団体に属するという考え方はありません。その意味ではイスラームは日本だと神道に近い。神道は統計上8000万人とかいるわけですね。本当に信じているのかというと、あまり信じていないように見えるんですが、教団に属するという形ではないという意味ではイスラームは神道に近いですね。

島田 イスラームの人たちは自分たちの仲間という意識は持っているんですか。

中田 まあそうですね。どこへ行ってもモスクに行けばいっしょに礼拝するし、同じ宗教だというふうに考えますね。日本人の仏教徒がタイのお寺に行っても言葉も通じないですが、イスラームではモスクに行けばたとえ言葉が通じなくても、アラビア語でのあいさつや礼拝のやり方などは世界中どこでも同じですし、必ず誰か助けてくれます。

島田 日本の中でイスラーム教徒同士が、連帯的な同胞意識で集まることなどはあるのですか?

中田 それはむしろ外国人の方にありますね。モスクに行けば同国人がいることもあります。でも、日本人ムスリムではそういうことは全くないと言ってもいいぐらいありません。

島田 日本人イスラーム教徒は一応1万人ぐらいいるといわれていますね。

中田 ええ。でも、そのうちの9割ぐらいは結婚でイスラーム教徒になった人たちです。さらに、そのうちの9割ぐらいは「ああ、そういえば、なったこともあるね」ぐらいの人たちです(笑)。自分がイスラーム教徒であるといつも意識して生きている人は1割ぐらいではないでしょうか。

島田 1000人ぐらい?

中田 そんなものだと思います。それも組織がないので横の連絡もあまりないんです。

『帝国の復興と啓蒙の未来』
『帝国の復興と啓蒙の未来』
中田考/太田出版

―――さて、そろそろ中田先生に新刊『帝国の復興と啓蒙の未来』(太田出版)の内容についてお話しいただきたいと思います。日本で初めてイスラームの側から見た世界史を描き、そして世界がこれからどうなるかということが描かれた本です。

中田 この本はイスラームを前面に出したものではなく、イスラームの立場から世界史や現在の状況を見ていこうとしたものです。先ほどの島田先生との話の中で、日本にはたまたまヨーロッパと似たものがあったおかげで、「ヨーロッパが世界である」と思ってしまった部分がある。そのことをもう一度見直すうえでイスラームという補助線を引いてみると分かりやすいということで書いた本です。

民主主義や自由主義といった世界に広まっている西欧的な考え方からすれば、世界は非常にフラットな世界になると思われていました。しかし、実際にはそうではなくなっている。でも、学問自体が細分化されていることもあって、それを言う人があまりいないんです。

この本では近代から現代にかけての世界史の流れをだいたい次のようにとらえています。まず、19世紀はヨーロッパが世界を征服した時代です。そのころアジアで独立を保っている国は、日本とタイしかなく、中国も半分植民地化されていました。イスラーム世界ではオスマン帝国とイランが一応独立を保ってはいましたが、経済的には借金漬けで、実質的にはヨーロッパに支配されていました。

ところが20世紀にこのヨーロッパが自滅します。ヨーロッパの自滅をもたらしたのは、いうまでもなく第一次世界大戦と第二次世界大戦です。このときヨーロッパの内部だけで数千万人が殺し合いました。しかも、これは対外戦争ではなく内戦なんです。内戦によって、ヨーロッパの総人口の1/4が死んだ。そのことは語れないようなトラウマを残しています。しかし、そのことを彼らは言おうとしないので、我々には見えていない。でも、そのことをしっかり考えないことには、これからの世界は見えないと思います。いまヨーロッパに起きているイスラーム蜂起にしても、こういう背景から考える必要があると思います。

いま、ヨーロッパ世界とイスラームが対立し合っているというふうに見えるかもしれませんが、歴史的に見ると、じつはそんなことはなかったんです。時代を遡りますが、最初の十字軍がエルサレムに入ったときには、確かに2万ぐらいの人を殺して足が血の海に浸かるような虐殺が行われたんですけど、それは最初だけなんです。その後の戦争はイスラーム教徒同士だったり、キリスト教徒同士の戦争がほとんどで、殲滅戦のようなものは一切やっていない。むしろヨーロッパで起こった宗教戦争こそが殲滅戦で、お互いに殺しあって人口が1/3になるというようなことをしていた。その最大のものが二度の世界大戦です。そのことから目を逸らさせるために、イスラームが敵にされている。でも実際にはイスラーム教徒とキリスト教徒との間では歴史的には、そういうことは起きていない。そのことを見ないと、今、ヨーロッパで起きていることが分からない。

先日ラスベガスでアメリカ史上最悪の銃撃事件がありました(2017年ラスベガス銃乱射事件。58人が無差別に銃で殺害された)。どういうわけかイスラーム国が犯行声明を出しましたが、まったく関係ない(笑)。興味深いことに、この事件ではテロという言葉は使われておらず、あくまでシューティング(銃撃)とされています。アメリカ人にとって一番危険なのはアメリカ人なんです。しかも白人のアメリカ人なんです。これは統計的にも明らかなんですけれども、そのことは言われない。そのことを隠すためにイスラーム教徒を悪者にする。そこには実は彼ら自身のトラウマがあるからなんです。

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プロフィール

島田裕巳
島田裕巳(しまだ・ひろみ)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田一九五三年東京生まれ。宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師。76年、東京大学文学部宗教学科卒業。84年、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻は宗教学。日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。日本宗教から出発し、世界の宗教を統合的に理解する方法の確立をめざす。主な著書に『なぞのイスラム教』 (宝島社)、『葬式は、要らない』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『もう親を捨てるしかない』(以上、幻冬舎新書)、『戦後日本の宗教史』(筑摩選書)、『ブッダは実在しない』(角川新書)など多数。

中田考
中田考(なかた・こう)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム教会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)。

撮影=野口博

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著: 中田考
カバー写真: 伊丹豪
発売: 2017年7月18日
価格: 2,750円(本体2,500円+税)
ISBN: 978-4-7783-1585-6
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著: 中田考
発売: 2015年5月19日
価格: 1,540円(本体1,400円+税)
ISBN: 978-4-7783-1446-0
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