連載

第2回
2018.8.29

未来の宗教はどうなるのか? これから世界はどうなるのか?

2017年10月4日、LOFT9 Shibuyaにて

「第三の文明」とイスラーム

『クルアーンを読む カリフとキリスト』
『クルアーンを読む カリフとキリスト』
中田考+橋爪大三郎/太田出版

―――中田先生と『クルアーンを読む』(太田出版)という本を出している橋爪大三郎さんが、『帝国の復興と啓蒙の未来』について公明新聞で長い書評を書いてくださいました。

その中に「わが国で言えば、国学が尊皇思想やアジア主義にあたるその思想」とあるんです。中田先生が時々お話しなさる要町のバー「エデン」で、評論家の浅羽通明さんがよくいらっしゃっていて、浅羽さんに言わせると、自分が平成の北一輝で中田さんが平成の大川周明だと冗談めかしておっしゃっています。そのことを思いかえしてみると、中田さんの思想が国学や尊皇思想やアジア主義に当たるというのは興味深いです。

島田 この本にはトインビーがよく出ていますね。池田大作はトインビーと対談しています。池田vsトインビー対談というのは創価学会のインテリ層に、ものすごく影響を与えているので、それがこういう形で出てきたので、ちょっとビックリしました。トインビーは昔は有名でしたけど、今、トインビーのことを言う人はほとんどいないですね。中田さんと創価学会って実は非常に近い関係にあるのではといま思いました。もちろん思想的には近くはないですが、どちらも世界宗教を目指しているという点は共通しているんじゃないかと思うんです。

中田 いまふれていただいた「エデン」には創価学会関係の若い人がよく来てくれて、創価学会ナイトという企画をやったこともあります。創価学会は基本的に折伏(しゃくぶく)で有名ですが、イスラーム世界では折伏をしない方針になっているそうです。折伏は、あくまでも仏教の最低限の知識があって初めて出来るので、それのないところ、世界観が全く違う所でやっても全く無意味があって、そもそも出来ないし、揉めるだけなので、それをやらないという方針なんです。その点はイスラームも同じです。

イスラームはキリスト教とはもともと同じ宗教なのでアダムとかモーゼとか同じ人間がいっぱい出てきます。ですからある程度は話が出来ます。でも、日本みたいにそうではないところでは話が通じないので放っておきます。それと実は似ているんじゃないかと思っているんですけども。

島田 中田さんがまだ同志社大学の先生で、しかも私戦予備及び陰謀罪も関係ない時代で(笑)、なおかつ池田さんが元気だったら、もしかしたら対談とかしたら面白かったでしょうね。池田さんは対談するときには、日蓮仏法や創価学会の話をしないのですごく、合ったんじゃないですかね。

創価学会のスローガンのひとつに第三文明っていうのがあります。第三文明社という出版社が雑誌を出していますけど、池田さんが目指していたのは「第三の文明」を提起していこうという文明論の宗教なんです。ですから、もし中田・池田対談が実現していたら、中田思想が創価学会に影響をしていたかもしれない。佐藤さんはそこまで踏み込んで文明論を展開していないので興味深いことになったと思います。

この本は今までの中田さんの本とはちょっと違いますね。イスラームっていう枠じゃなくて、もっと文明論を語る学者としてここに出ている、この本を書いた動機は何なんですか?

中田 私はこれまでカリフ制の仕組みについては書いていますが、それを理解するにはカリフ制の世界的な意味をちゃんと理解しないとそもそも出来ない。それをしようと思ったんです。ウエルベックという作家がフランスのなかにイスラーム政権が出来る『服従』(河出書房新社)という未来小説として書いていて、内容は浅いのですが、実際にヨーロッパで想像しうる未来の可能性として考えられるということがひとつのきっかけですね。

島田 さっき言ったように、イスラームがこれから広がっていって、キリスト教がどんどん衰退していくっていく事態が起こりえないことではないですね。

中田 実際に起こりえると思います。いわば古代ローマ帝国の復興なんです。地中海世界に広がったローマ帝国はイスラームとキリスト教の世界をのみこんでいました。イスラーム世界は東南アジアにも広がっていますが、とりあえず中東や地中海世界を見ますと、ギリシャやユダヤも文化的に近い世界で地理的にも近く、経済的にも合理性があるので、一つにまとまれるのではないかという話です。実際、トルコが目指しているのはその方向ですので、それもあり得る未来の1つかなと思います。

今から5年前、世界がこんなふうになるとは誰も思っていませんでした。その意味で実はたくさんの未来が開けていく、そのことに気づいてもらいたいというのがありました。いまは、それくらいたくさんの選択肢がある。逆にいうとぐじゃぐじゃなんですけど、ぐじゃぐじゃだということはいろんな可能性があるということでもあります。その可能性の1つとして、中東世界とヨーロッパが仲良くして、それによって中国・ロシアとアメリカと均衡を達成するのが私が考える平和のイメージです。いま平和というと、とにかく治安を厳しくするという方向で実現しようとしていますが、そうではなく勢力均衡によって自由に人が動けるようにして平和や安定を実現するという方向性です。それは国際関係論の基本でもあるのですが。

島田 今の民主的であるとされている領域国家の多くでは、国民が大統領を選びます。大統領という存在は宗教とは全く無縁なところにある存在ですね。つまり政教分離を徹底しながら民主制をとって大統領制を敷くシステムです。ところがその前は日本の天皇みたいに宗教的権威を身にまとった存在があって、その存在が国家という枠を超えて、同一の宗教を信仰する人たちの間で共通の1つの権威として君臨していた。仏教では転輪聖王という考え方があり、イスラームにはカリフ制がある。ローマ教皇だってそうだです。そういう存在が頂点に立つ体制が、中世、近世までつづいてきた。どっちが正しいか、好ましいかは別として、近代は前者の方を選択したわけですね。そこに大きな問題点がある。

中田 そうですね。そこにはあまり踏み込まなかったんですけれども、最終的には死の問題になるわけですね。現世は死んでしまえば終わりですが、世俗社会はそこは棚上げします。基本的には生きている方がいい。できるだけ長く生きて、命が一番大切だという価値観です。しかし命が大切だと言いながら、人間は必ず死んでしまうわけで、死んでしまえばお仕舞いなわけです。この問題はけっして解決できない。

ところが、イスラームでも仏教でもキリスト教でもいいんですが、最終的にはこの世界の先の世界があることによってこの世界を基礎づけるという考え方がある。それなしに基礎づけをしようとすると、いろんなところで問題が出て来る。「お国のために死ね」というのもそうですね。人間は結局、死んでしまう。世俗社会はそこから目を逸らして、死を遠ざけようとする。本当に遠ざけられればいいんですけど、遠ざけられないわけですよ、結局死んでしまいますから。

個人主義が進むと、子供はどんどん減っていきます。すると老人が増えていって、若い人間が減っていなくなる。この問題は、おそらく世俗主義や国民国家という枠組みでは解決出来ない。ほんとはこちらが一番根本的な問題であるんですけど、これは政治とは関わらないので、この本では書いていないですけれど、そういう背景があるのはたしかですね。

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プロフィール

島田裕巳
島田裕巳(しまだ・ひろみ)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田一九五三年東京生まれ。宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師。76年、東京大学文学部宗教学科卒業。84年、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻は宗教学。日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。日本宗教から出発し、世界の宗教を統合的に理解する方法の確立をめざす。主な著書に『なぞのイスラム教』 (宝島社)、『葬式は、要らない』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『もう親を捨てるしかない』(以上、幻冬舎新書)、『戦後日本の宗教史』(筑摩選書)、『ブッダは実在しない』(角川新書)など多数。

中田考
中田考(なかた・こう)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム教会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)。

撮影=野口博

書籍案内

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『帝国の復興と啓蒙の未来』

著: 中田考
カバー写真: 伊丹豪
発売: 2017年7月18日
価格: 2,750円(本体2,500円+税)
ISBN: 978-4-7783-1585-6
*全国書店&通販サイトで好評発売中

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『クルアーンを読む カリフとキリスト』

著: 中田考、橋爪大三郎
発売: 2015年12月8日
価格: 2,200円(本体2,000円+税)
ISBN: 978-4-7783-1498-9
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『私はなぜイスラーム教徒になったのか』

著: 中田考
発売: 2015年5月19日
価格: 1,540円(本体1,400円+税)
ISBN: 978-4-7783-1446-0
*全国書店&通販サイトで好評発売中

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