連載

第2回
2018.8.29

未来の宗教はどうなるのか? これから世界はどうなるのか?

2017年10月4日、LOFT9 Shibuyaにて

政治と宗教がいっしょになると
戦争が起きやすい!?

『帝国の復興と啓蒙の未来』
『帝国の復興と啓蒙の未来』
中田考/太田出版

中田 よくイスラームは政教分離がない、それに対して、ヨーロッパは政教分離がある、といわれます。政教分離とは宗教が政治に介入したり、政治が宗教に介入しないよう、両者を分離することとされています。政教分離こそが近代国家の条件で、政教分離がされていないイスラーム世界は遅れている、政治と宗教がいっしょになると戦争が起きやすくなるという言い方がされます。

しかし、これは正しくありません。ヨーロッパが政教分離を行ったのは大体18世紀ころからですが、その結果として戦争がなくなかったかというと、まったくそんなことはありません。それどころか20世紀になって二度に亘る世界大戦でお互いに何千万人も殺し合っている。ユダヤ人だけでも600万人殺している。政教分離というのは全く平和には役に立たない。政治と宗教がいっしょになっているから人を殺すのではない。

では、何によって人を殺しているのか。それはナショナリズムです。第一次世界大戦も第二次世界大戦も基本的にナショナリズムによって人を殺している。もし平和にとって一番邪魔になる要因を取り除こうと思ったら、ナショナリズムを禁じるべきなんです。

私の本の中ではトインビーを引用しているのですが、トインビーが、イスラームが文明として果たした大きな貢献が二つあるといっています。1つがお酒の禁止で、もう1つがナショナリズムを否定したことだというんです。お酒の禁止も重要だとは思うんですけども、ナショナリズムの否定というのはイスラームにとって、もっとも重要なことなんです。イスラーム教徒の数が増えているということは、イスラーム教徒の立場からするとどうでもいい話なんです。本来のイスラームの理念を実現しなければ、数が増えても仕方がありませんから。

ですから、本来はいまこそ人類は1つであって、ナショナリズムによって人類を分断するのは間違っていると言わないといけないと思うのですが、残念ながら、逆にナショナリズムを称揚しようとする傾向がここ数年間強まっている。イスラーム国がやっていることがいいとは言いませんが、イスラーム国が国境をなくして1つにしようとしていた、というその一点に絞っていえば、本来、イスラーム教徒であれば誰一人文句を言えないはずなのに、それについてはみな沈黙を守っている。イスラーム教徒が15億人いても、それでは何にもなりません。それで私は悶々としているわけです。

あと、この本の中でこれからの世界がどうなるかということについても書いているのですが、焦点となるのはおそらくトルコです。イスラームというのはアラブというイメージがあるかもしれませんが、実は、アラブ人が活躍したのはイスラームが始まってわずか1世紀か2世紀なんですね。その後、西暦9世紀当たりからは、イスラーム世界で軍事面を支えてきたのは全部トルコ人です。トルコ系の傭兵がイスラーム世界を支えて来たわけです。今はそのことがほとんど忘れられてしまっています。石油を持っていて威張っているので、あたかもアラブ人たちがイスラームの中心と思われていますが、実はそうではなくて、注目すべきはトルコ系民族だというのも、この本の重要な主張の一つです。

―――中田先生の思想の核心をまとめていただいた気がします。それに関して島田先生の方からお話をうかがえればと思います。先生は今お酒を飲まれておられるところですが。

島田 創価学会の第二代会長の戸田城聖の講演のレコードが残っているのですが、それを聞くと戸田が酒を飲みながら話をしているんです。YouTubeでも聞けるんですが、酔っ払いの度合いの変化がよくわかる(笑)。それでも酔っ払って喋っている戸田の話を、聴衆が喜んで聞いているんです。どうしてそんなことになったのか未だに分からないんですが、その戸田の気分を味わおうかな(笑)と思って飲んでいます。ちなみに池田大作は飲めないそうです。

創価学会はいま世界宗教と称しています。特に佐藤優さんは今、創価学会を持ち上げていますね。佐藤さんは中田さんを天敵視していて「共謀罪が必要なのは、中田がいるせいだ」といっているそうですね。

中田 実は私が「私戦予備及び陰謀罪」の容疑をかけられる前なのですが、日本で国際サミットを開催するにあたって、日本からイスラーム国へ行く人がいると困るので国内法を整備しろという共同声明が出されたんです。そのころ、私はツイッターで「イスラーム国にいるよ」などと呟いていたので、そういうのを野放しにしていたらまずいという話になったんです。でも、サミットまであと一週間しかなくて新しい立法をつくる時間的余裕がなかった。そこで今まで誰にも適用されたことのない「私戦予備及び陰謀罪」というのを使ってとりあえず抑えようとしたんです。とりあえずコンピューターなどを差し押さえて外に出られないようにして、その後で国内法の整備をしようということになった。そういう事実はありました。

島田 もし警察の手入れとかがなかったとしたら、中田さんはまたイスラーム国に行っていたんですか。

中田 そうですね、行っていたかもしれません。人道支援のために少なくともトルコくらいまでは行っていた可能性はありますね。ただ、今は足が悪くて身体的に無理です。一番最後に常岡浩介さんと行ったのは日本人人質事件のときで、通訳として来てくれと頼まれたんですが、あのときも車椅子で行ったんです。

島田 中田さんはイスラーム国のリーダーのバグダディとかそういう人たちとも知り合いなんですか?

中田 いえいえ、私はそんなレベルじゃないです。バグダディと直接会っている人間はけっこう親しく話はしていましたけども。バクダディと直接には会っていないです。

島田 反ナショナリズムの国際運動の拠点みたいなものを目指しているんですか?

中田 そうですね、イスラームの、とくにスンナ派の場合には、預言者ムハンマドのあとには間違いを犯さない人間はいないというのは全ての学派が認める合意事項です。ですから、どんな組織でも必ず間違っている。100%正しいものはないので、イスラーム国も例外ではない。それはスンナ派のムスリムには当たり前であって、もちろんイスラーム国のメンバーも同じで、自分たちが間違いを犯さない、などとは思っていません。バクダディがカリフかどうかという問題もあるのですが、私自身はカリフがいないところではイスラーム法は適用出来ないという考え方なんですが、イスラーム国はそうは考えていません。

イスラーム国がカリフ宣言をしたのは2014年です。そのときイラクのモスルとシリアのラッカの間の中間の国境の部分を自分たちの支配領としたんです。つまり、それによって、領域国民国家システムが定めたシリアとイラクの国境をまたがる地域を実効支配することで、既存の国際システムの支配を打破した、カリフ制を再興した、と主張したわけです。しかし実はそれ以前にはISIS、つまりイラクとシャームのイスラーム国を称しており、さらにその前はイラク・イスラーム国と名乗っていたのです。つまり彼らは実は、カリフ制がなくても、領域国家のレベルでイスラーム法を施行すれば、それでイスラーム国家ができると考えており、カリフ制を再興する前に、イラクと、シリアでイスラーム国家を作った、と自認していたのである。その時点で、カリフ制再興以外にイスラームが実施される国は決して作れないと信ずる私とは考え方が全くちがうんです。

『カリフ制再興 未完のプロジェクト、その歴史・理念・未来』
『カリフ制再興 未完のプロジェクト、その歴史・理念・未来』
中田考/書肆心水

私は『カリフ制再興』(書肆心水)という本の中で、カリフ制というのは、どこかの領域に出来るものではなく、信徒の心の中に打ち立てるものだと書きました。カリフ制というのは領域性を持たない。カリフがいると思えばそこにカリフ制があるんですね。ツイッターでは私の居所はバーチャル・ヒラーファ(預言者の代理人、カリフ)と書いています。私自身の心の中ではカリフ制はすでに復活しているんです。

島田 ナショナリズムには非常に色濃いものもあれば薄いものもありますが、今の人たちのほとんどは国境を前提に物事を考えていますね。オリンピックでも自然にナショナリズムを感じていきますよね。しかし、ヨーロッパ中世では軍隊は傭兵でした。ナショナリズムに基づいて軍事活動をするんじゃなくて、自分たちがたとえばメディチ家とかに雇われて戦争をするという形態でした。彼ら自身が戦闘行為をするわけではなく、商売でやっているんです。それが、近代になって国家が徴兵をするようになると、ナショナリズムが必要とされ、戦争の形態が根本から変わっていくわけです。日本もそうですね。それに対して、中田さんの言う領域国家を否定する考え方をとっている人って世界的にはあんまりいないですね。

中田 この本のタイトルにある「帝国の復興」とは、実は、領域国民国家を超える帝国的なものです。国民国家が出来る前には多くの民族を抱えた帝国があって、いままた、そこに戻っていくような動きがある。ただしそのうち、ロシアと中国は2つの顔を持っています。領域国民国家の顔も持っていますし、それを超えた帝国の顔も持っている。それを使い分けている。領域国民国家であることを表立っては否定しませんけど、実は動きとしては領域国民国家を超えた動きが出てきているわけですね。現代のイスラーム世界はバラバラなために、本来豊かになれるポテンシャルを活用できていない。それをまとめるのがカリフ制です。

日本では帝国というと帝国主義という言葉が浮かびますが、これはいまのネトウヨのようにアジアの諸民族をバカにするものというよりは、アジアの諸民族は同胞であるという見方があったと思います。欧米諸国によって迫害されているアジアの諸民族を解放しなければならない、そのためにまとまらなければならないというアジア主義です。日本にもそういう見方があったのですが、それがいまではすっかりなくなってしまった。その意味では、帝国主義の方がいまより開かれていた部分はあったと思います。残念ながら、今は帝国化しつつある中国が、本来の儒教の徳治によって統治を広める王道ではなく覇道の方へ行ってしまっている。日本に果たせる役割があると思うのですが出てきませんね。

島田 全く出てきませんね。新宗教だって、大本教は国際連盟みたいにアジアの中でまとまろうとする道を探って中国の団体と協力し合おうとしたのですが、大本にいてのちに「生長の家」を立ち上げた谷口雅春が出てきてナショナリズムになってしまった。その中で確かに佐藤優さんがおっしゃるように創価学会は指向性としてはアジア世界というのを目指す宗教ではあります。ただ形の上ではそうでも、実質があるかどうかはちょっと難しいですね。佐藤さんはいまや、池田大作さんの代わりみたいですね。池田さん自体が機能しなくなっているので創価学会を代弁する人が佐藤さんしかいない。

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プロフィール

島田裕巳
島田裕巳(しまだ・ひろみ)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田一九五三年東京生まれ。宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師。76年、東京大学文学部宗教学科卒業。84年、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻は宗教学。日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。日本宗教から出発し、世界の宗教を統合的に理解する方法の確立をめざす。主な著書に『なぞのイスラム教』 (宝島社)、『葬式は、要らない』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『もう親を捨てるしかない』(以上、幻冬舎新書)、『戦後日本の宗教史』(筑摩選書)、『ブッダは実在しない』(角川新書)など多数。

中田考
中田考(なかた・こう)

一九六〇年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム教会理事などを歴任。著書に『イスラームのロジック』(講談社)、『イスラーム法の存立構造』(ナカニシヤ出版)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社)、『カリフ制再興』(書肆心水)。監修書に『日亜対訳クルアーン』(作品社)。

撮影=野口博

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『帝国の復興と啓蒙の未来』

著: 中田考
カバー写真: 伊丹豪
発売: 2017年7月18日
価格: 2,750円(本体2,500円+税)
ISBN: 978-4-7783-1585-6
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『クルアーンを読む カリフとキリスト』

著: 中田考、橋爪大三郎
発売: 2015年12月8日
価格: 2,200円(本体2,000円+税)
ISBN: 978-4-7783-1498-9
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『私はなぜイスラーム教徒になったのか』

著: 中田考
発売: 2015年5月19日
価格: 1,540円(本体1,400円+税)
ISBN: 978-4-7783-1446-0
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